凄腕、女詐欺師

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凄腕、女詐欺師

 目が覚めると、朝の六時だった。  最後に時計を見たのは、三時だったから、三時間は眠れた。  化粧品は、まだ買えてないから朝の支度に時間はかからない。化粧水とか乳液は更紗先生が試供品一杯くれたから有るけど。  ベッドを抜け出して、リビングへのドアを開けた。 「おはよう」 「おっ、はよう、ございます」  リビングには、上半身裸で首からタオルを掛けているソウンさんが居た。シャワーを浴びた後の瑞々しい火照った体は、筋肉で覆われている。剛健社長のような脂肪ものった筋肉ではなく、無駄の無い搾られた体だ。腕も、胸も、腹も筋肉で埋められている。更に……至るところに傷がある。 (す……すご……えっ……戦士の彫刻!?ソウンさん、バッキバキじゃないですか……精悍なのは顔だけでは無く、お体まで……朝からラッキースケベを喰らって、目のやり場にこまります。でも……ちょっと、あの雄っぱいを触ってみたいと思う私は、罪深き変態だったようです……お世話になっているソウンさんにそんな事思うなんて、一回死んだ方が良いよ)  私が動揺しているのに、軍隊生活では上半身裸も違和感がないのか、ソウンさんはその格好のまま、買ってきたお粥をレンジで温めてくれている。  つい見てしまいそうになるから、リビングから退散して洗面所で顔を洗った。 「さぁ、食事にしよう」  リビングに戻ると、ソウンさんは、ちゃんとTシャツを着ていた。安心すると共に、Tシャツの下の筋肉を想像した私は、透視妄想罪で逮捕起訴監禁されても良い。 「ありがとうございます。いただきます」  昨日はよく眠れたか?という問いに、もちろんです。と答えたけど、鏡の前の自分の目の下には隈があった。ソウンさんの視線もソコだ。 「ノエ、やっぱりやめたらどうだ?」 「何を言っているんですか。私、わくわくしてますから」  絶対に行け、身を粉にして働け、と言われるより、激烈に甘やかされるほうが働かないと!という危機感が生まれるらしい。 (負けない、私……ソウンさんの甘々トラップには絶対に負けない!) 「……そうか……とにかく無理はしない事だ」 「はい、隊長」  私は恭しく頷いた。 「俺達は、恋人だ」  一切甘さの無い表情で言うソウンさんが面白い。言っている事は甘いことばかりなのに、顔に表情が無い。 「本日も恋しております、中佐」 「……ノエ、抱きしめても良いか?」  衝撃の一言に、私のスプーンがテーブルに落ちた。コーンと音が響き、ソウンさんが食べ終わった食器を手にしてシンクに向かった。 (い…今のは冗談だったの?それとも恋人感を演出する言葉遊び?)  私は動揺する心を抑えて、スプーンを拾いティッシュで、汚れたテーブルを拭いて、ソレを捨てる為に立ち上がった。  すると、ソウンさんが私をジッと見て立っている。長い足を投げ出すように壁に寄りかかり、腕を組む姿は、どんな芸能人やモデルよりも絵になっている。 「ノエ」  ソウンさんの腕が開かれた。 (ちょっと……ちょっと待って!ええ!!それって、さっきの抱きしめて良いってやつですか!?)  私の心臓は爆発しそうなくらい飛び跳ねている。腕を広げて待つソウンさんは、鋭い目で私を見つめている。なんだか、凄く良い匂いがするのは、ソウンさんが朝シャワーを浴びたシャンプーの匂いだろうか?  私の足が、誘蛾灯に誘われる哀れな虫のように、フラフラとソウンさんへ近づいてく。  そして、ソウンさんの目の前に立ち、背が大きいせいで遠い顔を見上げた。 「ノエ……」 「む……無理です!ソウンさんの顔面が男前すぎてこれ以上近づくと、死にます!」  恥ずかしすぎて、ソウンさんの事を叩きたくなってきた。手がワナワナと気持ち悪く動く。 「あっ」  私が一人で大騒ぎしていると、ソウンさんが壁から体を起こして、近づいた。逞しい太い腕が、ゆっくりと私の頭の後ろでクロスした。  頬が、ソウンさんのお胸に当たる。 (胸板って……意外と柔らかい……じゃなくて!!)  私は声にならない叫び声を、必死に唇を噛みしめて耐えた。しかし、どうしても呼吸が荒くなった。 (コレは演技指導。恋人設定の練習!)  私が勘違いしないように、自分に言い聞かせていると、ソウンさんは、あろうことか……私の頭に顔を寄せた。ぐっと体も抱き寄せられて、密着度が増した。 「ソウンさん!」  生命の危機を感じた私は、一瞬しゃがんでソウンさんの腕から抜け出すと、間合いを取った。 「嫌だったか?」  相変わらず冷静な表情の無いソウンさんが聞いた。 「いえ……あの……嫌とかじゃなくて…何と言いますか……刺激が強いです」  しどろもどろになりながら言った。ソウンさんが、ふっと笑った。 「そうか」 「そうです!と、とにかく歯を磨いて来ます」  早急にこの場を離れる必要があると判断して、私は逃げた。  その後は、特に何もなく二人でマンションを出た。「こっちです、多分」とソウンさんを誘導するように先立って歩いた。今朝のことで自意識過剰になった私は、ソウンさんの側の手でもらったトートバッグの鞄を持った。 (なんて痛い女なの、私……でも、手なんて繋がれたら仕事どころじゃない……) 「もうすぐです」  会社が近づいて来たのでソウンさんを振り返った。すると、ソウンさんの斜め後ろには、剛健社長が歩いていた。 「社長!おはようございます」  道幅の広い歩道の半分を占拠する、巨体。まるで自動販売機が歩いているみたいだ。 「おー、来ねぇかと思ったけど来たか、嬢ちゃん」 「おはようございます」  ソウンさんが、剛健社長に頭を下げて私の腰をさり気なく抱いた。 「……おめぇ…」  社長の目が限りなく細められて私を見た。 「ノエが今日からお世話になります。彼女に何か有りましたら、私に連絡をお願いします」  ソウンさんは、いつの間に用意していたのか、剛健社長に名刺を手渡した。 「おっ…おお…」  名刺を受け取った社長が目を剥いている。それも気になるけれど……私は、今、社長が着たことで引き延ばされて原型をとどめていないTシャツにプリントされた胸のウサちゃんが気になって仕方なかった。意外と可愛いものが好きなのだろうか。 「じゃあ、ノエ。終わったら連絡を」  部下に報告書を出せという位の硬さでソウンさんが言って、去って行った。  一人だと凄く歩く速度の速いソウンさんが遠くへ行ったころ、ぽつりと社長が話し出した。 「嬢ちゃん……凄腕の詐欺師なんだな……」 「な、何でですか!?」  思わず、丸太のように太い腕を叩いてしまった。 「だってよ……あの番にしか興味ないはずの狼獣人まで引っかけてるんだろ?」  社長がジトっとした目で私を見下ろしている。 「誤解です。ソウンさんは、番に捨てられて……」 「後妻か。それでも十分凄ぇな。執着率100%の狼獣人に番を忘れさせるとは……しかも、軍所属の中佐。とんでもない女を雇っちまったぜ。半年もしたら俺も身ぐるみを剥がされるに違いない……」  剛健社長は、怖えぇ、などと言いながら巨体を震わせている。 「本当に誤解です!ソウンさんは、善意で私に家と生活費を提供してくれているだけで……そういう事は一切ないですし!」  恋人設定は誤解が大きすぎる。破棄しなければと思った。 「まじか……お前、何もやらせないで、そこまでか……魔性の女だな」 (何を言ってもショベルカーで墓穴を掘っているようにしか思えない!)  何故だか凄く楽しそうに笑っている社長の後を追って、事務所に入った。
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