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狼の憂鬱 ソウン視点
もしも、自分に番が現れたら。
そんな未来を、何度も想像して来た。
そして、相手を尊重し、守り、愛して、大切にしていきたいと思っていた。
だが、実際にノエが現れたらどうだ?
「無理だ……」
ノエの気持ちを尊重したいが、本心はまったく別だ。
家から出ず、誰にも会わず、俺の側に居て欲しい。
分かっている、この願望は口にしてはならないし、決して実行してはならない。
もしも、これが狼獣人同士なら、さして問題にはならない。狼獣人は互いに束縛し執着しあう為に、喧嘩も絶えないが、相手と別れる決断には絶対にならない。
だが、ノエは人間だ。
人間については詳しく知らないが、割と性に奔放で、離婚率も高かったと聞く。
庇護する立場を利用するようで心苦しいが、時間を掛けて関係を築いていこうと思っていたが……自分の気持ちが抑えられない。
(ノエに触れたい。ノエを抱きしめたい。ノエに頼られたい。ノエの喜ぶ顔が見たいが、怖がられたって守りたい。周囲の男を排除したい。とにかく、ノエの心を、視界を俺だけにしたい)
「くそ……」
自分へのため息が止まらない。職務中もノエが気になって仕方が無い。買ったスマホに狼獣人が開発したGPSを仕込んでしまった。休憩時間には、つい位置情報を確認してしまう。
「隊長、どうしました?」
休憩室でスマホを確認していると、部下で犬獣人の宇田がやって来た。
「……」
宇田は俺のスマホの画面を、一目のぞき見て、隣に座った。
「また番の監視ですか?」
嫌な表現をする。だが、間違っていないから否定もしない。
「習性っていうのは大変ですね。いつ番だって話すんですか?」
「……」
「早いほうが良いんじゃ無いですか?他の奴に取られたら……どうするんですか?」
「その雄を、殺す」
無意識に答えていた。しかも、それなりにバレないように殺す方法までシミュレーションした。
「その時は連絡を。処理します」
本気で答えているコイツも、大概どうかしている。昔は、狂犬と呼ばれていたのに、ここに来て、いつの間にか飼い慣らされている。何かあったのか。
「それよりも、聞きましたか……上層部の奴らが二人変死した話は」
周囲に人が居ないのを確認した宇田が、肩を寄せて小声で話した。目元まで伸びた宇田の前髪の間から鋭い眼差しが注がれた。
「あぁ……淀川が完全獣体の仕業だと騒いでいるとか」
どこの組織にも、実力も無くコネと金の力や、汚い方法で上まで来た奴が一杯いる。今回死んだ二人も、その手の奴らだ。
「どうやら、ウチにソイツを探して殺処分する命令が下るらしいです」
「お仲間二人の弔いの為に動くような奴じゃ無い……自分も狙われているな」
淀川は、代々続く軍に所属する一族で、癒着や賄賂で得た金で膨れ上がった、絵に描いたような屑だ。アイツの馬鹿な指揮、指令で何人の若い軍人が命を落としたことか……。
「指令が下る前に、殺されるように祈る」
俺はスマホの電源を落とした。
「そうですね。まぁ、指令が下っても市民に害が無さそうなら放って置きたいところですね」
「俺は、その間に溜まった有給を消化する。淀川を守る為に働く位なら、辞めてもいい」
「隊長。仕事辞めたい理由を探すのやめましょうよ。貴方なら何をやっても成功しますけど……残される奴らが可哀想です。まぁ……隊長が辞めたら、俺も引き抜いて下さい」
「完全に在宅で働きたい。ノエの為に金はもっと必要だ。今、開発協力している技術を、逆に軍に売りつけるか……残高の桁か二つ変わる……」
ノエと二人で暮らす安全で快適な家。
ノエの医療に必要な研究費用と人材。
ノエが働いた気になれる会社。
ノエが自由に暮らしていると感じられる周辺環境。
囲われていると気がつかない大きな檻を作りたい。
「隊長!駄目です。まだ軍に居ましょう。軍人は女性人気が高い職業ですし。折角だから利用しましょう」
「……」
まぁ、確かにノエを保護出来たのも、軍に所属していたお陰だしな。ノエが軍人を好きかどうかは分からないが。
「……」
ノエはいつも俺よりも先に帰宅していたが、就業五日目は違った。俺は、家にノエが居ない事を知り、心配で溜まらなくなった。
まずは、普通に通話を試みたが出ない。メールを送るが返信が無い。そして、我慢出来ずGPSを確認した。
ノエは、駅前の雑居ビルに居るようだった。
気がついたら、もう走り出していた。
直ぐにノエの居る場所に着いたが、その寿司屋を外から見て衝撃を受けた。
ノエは、ゴリラ獣人と食事をしていた。
しかも……俺と居る時なんかよりも、彼女はもっと楽しそうに笑って居た。
俺と居る時は、控えめに笑うのに、今は大きな目を瞑るくらいニコニコして笑っている。
本当に楽しそうだった。
「……」
俺は、今まで受けたどんな傷よりも……心が痛んだ。
夜の街は明るくライトアップされているのに、世の中が真っ暗になった気分だ。
こんなに絶望したことはない。
ノエが好きだったのは、ゴリラだった。その事実に、俺はかなり大きな衝撃を受けている。
保護して早々に仕事を決めて来たのも、苦労していそうなのに仕事を行くのをやめないのも、全てあのゴリラ獣人に会いたいが為だったのか?
相手は、ゴリラの中でも一際巨体の男だった。社会のはみ出し者を集めて、剛健株式会社をつくり、手堅く会社を経営し、そこそこ大きな利益を得ている。何か潰すネタは無いかと、色々と調べたが、つまらないくらい潔白だった。
狼獣人は太れない。体を鍛えてもう少し厚みを出すことは出来るが、狼は、あんなに太れない。それに戦闘する為には今の体が一番コントロールしやすく適している。
まさか、ノエの趣味がゴリラとは……。
あのゴリラは、決して端正な顔立ちではない。しかし、見る者に強いインパクトを与える野獣のような外見だ。ああいうタイプが好きだという奴もいるだろう。それに、あのゴリラは……どうやら人に慕われるタイプの獣人らしい。俺とは正反対だ。
どうしたら、俺はノエの心をアイツから取り戻す事が出来るのか。
ノエを誰にも渡したくない。ノエに……もっと雄として意識されたい。
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