夫婦漫才「マンション買って」

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夫婦漫才「マンション買って」

 買って頂いた物を幾つか部屋に運び入れて、ベッドにダイブした。 「転生したとか、本当に言わなくて良かった!!はずかしくて死ぬところだったよぉ」  ジタバタと足を動かして、羞恥心に耐えた。 (私、漫画とかゲームとか好きだって言ってたから、そのせいかな?だってさぁ……人間絶滅しているのに、人間だっていうし……) 「あれ?じゃあ……人間の私の両親は?……施設って言ってたっけ?お亡くなりになってる?」  冷静になって考えたら、聞きたいことが山ほどあった。ポケットに突っ込んだ名刺を取り出して、スマホに情報を入力する。  だけど、通話ボタンが押せない。 「恋人……恋人??」  先ほどの天崇さんの姿が脳内でリプレイされる。  確かに知って居る気がする。あの笑い方とか、長くて綺麗な指とか、すごく見覚えがある。 「恋人かどうかは……わかんないけど……」  身近な人だったとは、思う。    もしも、もしも、本当に天崇さんが恋人で、両親は影も形も無く身寄りが無いなら、私は……この家を出て、天崇さんのところに行くべきなのだろうか? 「……それは、そうだよね……」  私とソウンさんには、何のつながりも、義理もない。ソウンさんにとって私は厄介者だろうし。出て行くべきだよね。この御恩は分割払いにしてもらうとして……。 「仕事!!」  脳内にフルパワーで壁を突き破る剛健社長の笑い顔が浮かんだ。  折角だし、あそこのお仕事は続けたい。山の一軒家は、ここまで通えるだろうか。 「はっ!社員寮!」  天崇さんのところに行くべきかとか思ったけれど、むしろ、一人ぐらしが良いのでは? 「これはナイスなアイデア!」  私はスマホの画面を天崇さんから、剛健社長に代えて電話を掛けた。 『休みの日だっていうのに何だこのやろー。俺は暇じゃ無い』 「社長、大変です。恋人が現れました」 『ああ??過去に騙した男か?』 「記憶がありません」 『糞野郎だな!で、なんだ?あの狼と修羅場か?何獣人なんだ?』  何だか剛健社長は凄く楽しそうだ。 「え?なんだったかな?血吸いコウモリ?」 『かー!お前、それ吸血鬼って言われる超絶美形の定番じゃねーかよ!ほんと凄腕の詐欺師だな!おもしれぇ。で、どうすんだ?』 「いえ……コレを機に独り立ちをしたいのですが、住むところを提供してください」 『断るぜ!やめろ、俺をターゲットにするな!その手にはひっかからねぇぞ!俺には守るべき会社と社員がいるんだぞ』 「だから、私は恋愛詐欺師ではありませんってば」 『詐欺師が詐欺師だって名乗るわけねぇだろ!社員寮は風呂もトイレも共同だ、ほら、どうする。嫌になっただろ』 「それでも良いです」 『いいわけねーだろ!あれだろ、気がついたら社員全員、お前のカモになってるんだろ!』  剛健社長の声が大きくて耳がキーンとなるのでスマホを離した。 『俺の家の離れならあいてるが……ってアブねぇ!危うくお前の罠に掛かる所だった!もう切る。掛けてくるな!』  ぶつっと一方的に通話が切れた。  しかし、ここで諦める分けにはいかない。  再び電話を掛ける。 『てめぇ!掛けてくるなって言ってるだろう!』 「社長、そこを何とか…」 『可哀想な声だしても無駄だぞ!そういう手口だろ……無駄だからな……泣くなよ、騙されないから泣くなよ!』  これは泣くのを期待されているのだろうか。 「泣きませんけど」 『泣かないのかよ!ここは、あれだろ、女の涙攻撃だろ?』 「それじゃあ……うえぇん、住むところが欲しいよー」  自分でも驚くほど、すごく大根役者だった。 『断る』  再び、電話が切れた。なんだか凄く楽しくなって直ぐに掛けた。 「タワーマンションの最上階が良いです」  面白半分で盛ってみた。 『てめー、ついに本性を現したな!』  剛健社長も何だか楽しそうだ。 「無理だったら、新築の普通のマンションで良いです」 『全然妥協してねーだろ!』 「じゃあ、もう最低ラインですよ。社長の家の離れで。これ以上妥協できませんから」 『それなら……悪いな希望通りじゃなくて……親父が死んでから物置にしている、築25年だしな……じゃねーよ!なに夫婦漫才させられてんだよ!』 「社長、私忙しいんで切りますね。お片付けよろしくおねがいしまーす。今日からゴリラに感謝して生きます!」 『こえぇ……お前の才能が怖いぜ』  切れる寸前の社長のぼやきが耳に届いた。 「……だから、私、詐欺師じゃありませんから」  それにしても、やっぱり親方は頼りになる。  みんなが甘えちゃうの凄くわかる。でも、住む場所まで提供して貰うんだから、もっと頑張って働かないと。  そう新たに仕事への熱意を燃やしていると、玄関の方から物音が聞こえてきた。
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