殺意

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殺意

 ノエが、エレベーターに乗り込み部屋の階で止まったのを確認して、スマホを取り出した。先ほどのコウモリの携帯番号を記憶したので、そこへ掛けた。  数回目のコールで相手が出た。 『少し走ったところで停車してますよ』  俺が声を発する前に、相手がそう言った。やはり、コイツはかなり下調べをして今日やってきたようだ。きっと俺の番号だけで無く、ノエの携帯も調べられているだろう。 「ああ」  スマホをしまい、地上へ出る道を走り出した。 「それで、何のご用ですか」  すぐ近くのパーキングに駐車したコウモリは、車から出てコートに手を入れ、車体に体を預けて待っていた。  世間的に吸血コウモリは、美形で知られ、外見を売りにする仕事をするものが多い。軍では一人もあったことが無い。  人の外見をどうのこうの思ったことは無いが、この男が見る者を魅了するであろう姿形なのは、嫌でも理解が出来た。  だからといって、ノエは手放さない。 「今更、何をしに現れた。ノエが記憶が無くなるような事態に陥らせ、森に放置するような奴に渡すつもりは無い」  男の前に立ち、その目を睨み付ける。恐らく、能力的には互角だが、戦闘においては踏んできた場数で勝てる。ただ、慎重に排除しなければ露見する。 「ははは、面白い事を言いますね。狼獣人が番認定したなら、状況がどうであれ、相手に譲るなんて万の一つも無いでしょう?俺がどんな奴かなんて関係ない。アンタは俺を殺してでもノエを手にするつもりだ」  コウモリは何が楽しいのかクスクス笑い、体を揺らしている。 「否定はしない。殺されたくないなら消えろ」  本気で殺意を隠さずに相対した。 「嫌ですよ。ノエと俺は二人で一つなんですよ」  衝動的にニヤニヤと笑うコウモリの胸ぐらを掴んだ。  頭に血が上るなんて生やさしい感情では無かった。もう、別に良い。社会的にどうなろうと……ただ、この男を殺したい。 「辞めた方が良いですよ……俺を殺すと、ノエが困りますよ」 「黙れ、彼女はお前の事など覚えていない」  男の体を力で車体に押しつける。相手は抵抗もせずに笑っている。 「そこは仕方有りませんから……ただ、俺が死んで困るのは、感情論じゃない……あんたが、ノエの天然の番なら、俺はノエの作られた番なんですよ」  皮肉を含んだ暗い笑い方だった。今まで色んな奴らを見てきたが……コイツは、暗い。外見は輝くような見た目だが、中身は闇に落ちている。人の命など何とも思っていない。 「どういう意味だ?」 「教えて欲しかったら、貴方がノエと出会った森で、俺達の家を探して下さい。そこに、三体の軍人の死体が置いて有ります。処理してください。ご褒美をあげますよ」  俺が手を離し、一歩下がると男は何事も無かったように服を整えた。 「お前が殺ったのか?」 「ノエですよ」 「……つまらない嘘をつくな。彼女が獣人相手に戦えるはずがない」  彼女の体は華奢すぎる。今まで戦闘や運動をしてきたような形跡が無い。 「じゃあ、つまらなこと聞かないでくださいよ」  コイツは本当に嫌な笑い方をする。癪に障る。嫌悪しか湧かない。 「最近、軍の奴らが殺されてません?誰か焦っている奴がいませんか?」 「……」 「それじゃあ、お遣いおねがいしますね。ノエに……手を出すなよ」  コウモリが車に乗り込んだ。その後部座席のドアを蹴りつけると、周囲に音が響き渡り、車体が凹んだ。周囲の人間は関わりたくないという顔で足早に立ち去る。  運転席のコウモリは、掛けたサングラスをずらして俺をみると、ふっと微笑んで走り去っていった。  こんなに個人を殺したいと思った事は無い。  アイツが言うとおり、ノエがアイツの恋人だったというなら……髪の一本も残さず消滅させたい。喰い殺したい。  獣人の本能が目を覚ます。  落ち着け。ノエの所に戻らないと。彼女の昼食を買って、きっと動揺している彼女の心を慰めなければ。  その後、森へ行く。
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