ポンと、なりゆき

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ポンと、なりゆき

「しゃちょーー」  今日は有給だというソウンさんに送ってもらい、ソウンさんの背中が見えなくなった頃に、私はデスクに座る剛健社長に後ろからダイブした。 「やめろ!ふざけんな、抱きつくな!」  剛健社長は、モリモリの太い足を動かしてキャスター付きの椅子で移動する。私と剛健社長をのせたキャスターが悲鳴を上げている。 「早く、家を貸して下さい」 「あー、なんだ、お前やばいのか?現れた男とあの狼、ドンパチ始めたのか?狼と血吸いコウモリの戦闘か……面白そうだな。」  剛健社長は、豪快に笑っている。 「でも、不憫だな。こんな詐欺師を取り合っているなんてな」 「詐欺師……じゃないんですけど、むしろ……ソウンさんにとって、私は居なくなった番の身代わりのような……」 「傷心の心に付け入るのは詐欺の定番だろ?」 「だから、違いますってば!」  抱きついた後ろから前に腕を回して、むっちりした胸板を全力で叩いた。 「いい音」 「……」 「変態女……朝から雇い主にセクハラと暴力たぁ、流石だな」  いつの間にか入って来た見知らぬ男性が社長のデスクの前に立っている。私は、社長の背中から離れて、何だか聞き覚えのある声だなぁと思った。  男性は、立派な前歯を持ち、鼻が上を向いてついている。すごく愛嬌のあるオジさんだ。 「おお、海狸」  社長が太い腕を上げた。 「はっ!ビーバーのポンさん!」 「前歯で殺すぞ」  ポンさんは、物騒な事を言っていたけど、私の視線はつい……ポンさんの股間に……。 「何処見てんだ、クソ女!」  つい見てしまったけど、ポンさんは、ゆったりとしたニッカポッカ姿なので、さっぱりわからない。 「はじめまして、剛健株式会社の新人のノエです」  とりあえず、お辞儀をして、作って貰った名刺を差し出した。 「いらねぇ」 「貰って下さいよ、これ渡すのポンさんが初めてなんです」 「……」  ポンさんの視線がチラッと名刺を見た。その隙にポンさんの作業着の沢山あるポケットの一つに名刺をねじ込んだ。 「ポン、今日呼んだのは…」  剛健社長が話を切り出した。 「何でテメーまで、その呼び方なんだよ!」 「他でもねぇ、このクソ女の用事だ」  剛健社長の大きな親指が私を示した。 (私の用事?なんのことだろうか?) 「ウチの離れを、コイツの寮として貸し出すから、少しだけ手入れしてくれ」 「剛健社長!!」  私は感動で目が、ビショビショになった。親方の親方的な魅力が凄い。 「なんだよ、お前の女か?一緒に住めば良いじゃねーか」 「俺の女じゃねぇ。ポン、気をつけろよ。コイツは凄腕の女詐欺師だ。馬鹿っぽそうだからと油断していると、身ぐるみ剥がされるぞ」 (もう……この設定……否定しても続くし、いっそのことキャラってことで良いかな…) 「この、今にも死にそうな猿がか……」  ポンさんがデスクに手をついて私の顔をジロジロと見た。 「私に触ると火傷しますよ」  思いっきり良い女ぶって言ってみた。 「……ぐはははは、ねーわ、こんなのに引っかかる奴の顔が見てみてぇわ!」 「はははは!そうだな、俺の勘違いだったぜ!」  二人がお腹を抱えて、私を指さして大爆笑している。私は恥ずかしくて、恥ずかしくて、その場に顔を覆って蹲った。 「……最低です……二人とも…最低です……」 「あははは、機嫌直せよ……お前、面白ぇから特別に俺がやってやるぜ」 「……隙間風は?」  ちらっと指の間からポンさんを見上げる。 「吹かせねえよ、俺を誰だと思ってんだ、馬鹿女」  ポンが、ドヤ顔で鼻を掻いた。 「か……格好いい!ポンさん素敵!あっ……今、いざというとき?」  顔を覆っていた手を耳に当てた。ポンって音がするかと思って。 「そういう時じゃねーわ!音もしねぇよ!!剛健……なんでこんな変な女を雇ったんだよ……顔か?」 「なりゆきだ」 「よし、行くぞ、なりゆき。現場を見るぞ」
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