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森の研究所
ノエを保護した森に行く前に、その周辺の記録について調べた。
公式な地図上には、森に家などは存在しない。森自体の所有者は、個人だったらしいが、いつの間にか軍が接収している。
非公式な記録では、遺伝子研究所があったが、事故により汚染が発生した為に閉鎖したとある。
「……改ざんするにも杜撰すぎですし、仕事が粗いですね。淀川らしいですね」
宇田が、運転をしながら言った。
「そうだな……アイツ……明日、完全獣体のチンパンジーが軍の人間を無差別に殺して、更に一般人を標的にしたテロを計画していると世間に発表するらしいな……」
LEDライトを照らし、資料に目を通しながら聞いた。
「らしいですね。テロの予告なんて無いし、公安も何も言っていないのに……何を考えているのか」
「何も考えていない。自分がもう二度襲撃をうけているから何としても捕まえたいだけだろ」
外見は普通の人間と同じ獣人が殆どだが、中には獣の特徴が出る者も居る。
耳や尻尾がある程度のことが多いが、至極希に人間の姿形に獣の皮を被ったような完全獣体という者が生まれる。
出産してすぐに捨てられたり、殺されることが多く……一般の市民が生涯のうちに目にすることは殆ど無い。
しかし軍には完全獣体を雇った部隊がある。その部隊も俺が指揮をしている。山岳救助などの市民の目に触れない活動が多い。
ノエを発見したのも、その訓練を、他の任務の後に見に来た時だ。
「淀川が完全獣体の部隊を作ると言いだしてから、増えた志願者……その完全獣体に狙われる淀川……匂いますね」
「お前は何か知っているか?太湖」
後部座席で姿勢を正し座っている部下に話を振った。ノエを発見した熊の完全獣体の男だ。
「自分は、突然変異の完全獣体で、親に捨てられましたけど……完全獣体を集めた施設には、ある年ぐらいから出自も定かではない……奇妙な子供が増えたそうです。猫の耳に猿の尻尾……そういう子供は長生きしないんですけど……親の両方の獣性が出るなんて……聞いたことが無いと職員が気味悪がってました」
違う種類の獣人同士が子供を成しても、引き継がれるのはどちらかの特性だけだ。それ故に劣勢だった人間も滅びた。その他にも滅びた獣人種がいくつもある。
「どう考えても……闇がありますね、隊長」
「明日までにチンパンジー獣人が淀川を殺ることを願う。その完全獣体のチンパンジーは今どこにいるんだ?」
「監視させてますけど、ずっと淀川の周りを張ってますね。もちろん市民を巻き込んだテロをする気配はありません」
「いっそのこと淀川の警備を願い出て、穴だらけにしてやるか?俺が責任をとって軍を去る」
「隊長!勘弁して下さい。自分たちはどうなるんですか!」
太湖が後部座席から顔を乗り出してきた。
「隊長は、番が見つかって、辞めたくてしょうがないんだ……」
宇田がハンドルから片手を離して太湖の顔を押した。そして鼻で湿った手を太湖に向かってヒラヒラと振り、太湖がテッシュでソレを拭いた。
「隊長……確かに、先日お見かけした人間の女性は華のように繊細で、お綺麗でしたが……自分たちと過ごした七年は何だったのですか!貴方を慕う俺達と、その方……どちらが大事なんですか!」
太湖が興奮して唸りながら喋っている。その言葉に、もう七年も経ったのかと懐かしく思うが……。
「ノエだ」
考えるまでも無い。部下達は、とても従順で優秀であり、大切に思っているが隊長という職はいくらでも代わりがきく。しかし、ノエの番になっていいのは……俺だけだ。
「宇田、お前が引き継げ」
宇田は、頭もキレるし強い、厳しい所は有るが副隊長として隊員たちにも慕われている。
「隊長!捨てないで下さい!」
太湖が後ろから助手席を揺らす。
「引き継ぎません。貴方が辞めるなら俺も辞めます」
「副隊長まで酷いですよ!」
「諦めろ太湖。捨てられても着いていくという選択肢もあるぞ」
宇田の言葉が心に刺さる。
「……見えて来たぞ」
木々に覆われた先に、古ぼけた建物が見えた。コンクリートで出来た四角い建物と、一軒家が建っている。
どちらも古いが手入れは行き届いているようだ。車から降りて、念のため銃を手にして歩き出すが、獣人の気配は無い。
「ここに隊長の番が住んでたんですよね」
太湖が大きな体を伸ばしてキョロキョロと見回す。
「……」
ノエだけではなく、あのコウモリも一緒だと思うと、沸々と怒りが湧く。ノエを見つけるのが遅かった俺の能力の無さが悔やまれる。こんな暗くて何もない森でノエが暮らしていたなんて……許しがたい。
「俺が家を捜索する、お前達は研究所の方を頼む」
ノエが暮らしていたならば、ノエの部屋もありノエの生活が見える。そんな場所に他の雄を入れたくない。
「「はい」」
上官の命令に何故などはない。二人は即座に遺伝子研究所の方へ向かった。
俺は、一軒家の玄関に手を掛ける。すると、鍵は掛かっておらずドアが開いた。一気に血の臭いと、腐臭が漂ってくる。
ブーツを履いたまま、玄関を上がり廊下を歩く。夜目は利くが、一応ライトを照らして歩く。廊下には所どころ乾いてこびりついた血液の跡がある。
半分開いているリビングのドアを足で開き、体を滑り込ませる。
「……」
広いリビングには、大きなテレビ、ソファ、毛足の長いラグ、生活感のあるチェストやテーブルがある。
しかし、写真立ての写真は全て抜き取られ、個人を特定するような物は無くなっている。
そして……部屋の中心には殺された軍人の遺体が並べられている。獣の耳が生えている者、尻尾のあるもの……三人は、少し獣性のある獣人だった。顔に見覚えがない。恐らく本当の軍人では無い……淀川の手の者だろう。
(えげつない殺し方をされているな……一部臓器も抜き取られている……あのコウモリ……やはりノエの近くに置いておけない……)
家の中をざっと見て回ったが、ノエが暮らしていたような形跡は何もなかった。残されているのは、コウモリの形跡だけだった。
「……」
淀川を脅すネタになるかと、スマホを取り出して三人の写真を撮った。そしてサイレントモードにしていたから気がつかなかったが、あのコウモリから着信があったようだ。着信時刻がこの家に入った頃だ。監視されているのか。
「……おい、殺し方が汚いぞ」
リビングを見て回りながら、コウモリと通話する。
『本当は、もっとグチャグチャにしてやろうと思ったんだけどね。勿体ないからね』
「こいつらは軍人じゃ無い」
『そうなんですね。どうでもいいです。そいつらは、研究所を探りに来て、そこで偶々遭遇したノエを襲おうとしたんだよ……殺されて当然だろ?』
「用がないなら切る」
あの外見的特徴に生まれ、淀川のような最低な男に使われて殺されたアイツらを一瞬でも不憫に思ったのが馬鹿だった。
もう少し切り刻んで淀川に送りつけるか。
『研究所の中に、淀川が此処でやらせていた非人道的な研究と実験の証拠となるようなデータのコピーを置いてあるので、お駄賃にどうぞ』
コウモリは一方的にそういうと通信が切れた。
此処で行われた研究や実験は、ノエにも関係するのだろう……だが、それに関してコウモリが外部に出すとは思えない。ならば、そこまで興味がないが、確認する為に研究所に向かった。
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