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思い描いた獣人
更紗先生との別れぎわ「そういえば、ソウンさんが終わったら迎えに来るって……」と思い出してスマホを取り出した。
すると更紗先生が「ノエ、便利なら呼べば良いけど、うざいなら彼氏面するなってハッキリ言いなさいよ」と言っていて、剛健社長の思うような凄腕女詐欺師は、更紗先生のような強くて格好いい女性だろうなと感じだ。
(更紗先生は詐欺師なんかじゃ無いけど……)
颯爽と去って行く更紗先生の後ろ姿を見送り、スマホを取り出して悩んだ。
(便利とかウザいとか、そういうんじゃなくて……ただ、ただ、わざわざ迎えに来いなんて申し訳なさ過ぎる……でも、声かけられたことを無視するのも……なんだか気が引けるし……)
「あっ……すいません」
店の出入り口近くで悩んでいると、七人くらいの女の子の集団が来たので、とりあえず店の横の狭い路地へと歩き出した。
「ソウンさんの……番……」
改めて、考えてみる。狼獣人は番だけを愛するって獣人図鑑にも書いて有った。
(ソウンさんが……私を……好き?)
頭の中に浮かんだ、精悍なお顔のソウンさんが、私をじっと見つめている。
(は…恥ずかしすぎる!!無理、色々無理だよ。あれ?でも……私には元彼なのか今彼なのか、天崇さんが居るわけで……番オンリー主義のソウンさんにしたら、私はふしだらな女!あれ?ちょっと待って、私、天崇さんと……所謂……恋人的な事をしてたって事だよね!?あの……顔面が発光するレベルの天崇さんと、キスとか?その先とか!?)
「……頭が……爆発してしまう……」
フラフラと足をすすめて、更に奥まった道に入り混んだ。
「わぁ!?」
ソコには、誰かが蹲っていた。前をちゃんと見ていなかったから、思わずその人に蹴躓いて、その背中に乗り上げてしまった。まるでおんぶするみたいな体勢だ。
「ごめんなさい!すいません!」
すぐに、相手の背中に手をついて起き上がったのだけど、相手の黒のウィンドブレーカーを着た背中の感触がおかしかった。
(なんか……中が、もさっとしてたような……)
「大丈夫ですか?」
なおも蹲っている相手の顔を覗き込もうと、隣にしゃがみ込んだ。
「近づくな」
黒いキャップに黒いマスクをしていたけれど、相手は明らかに顔が見慣れた人間のものじゃなかった。顔は黒色で目は、まん丸でクリッとしている。顔の周りは毛で覆われている。
(こ、これこそ、私がイメージした獣人さん!)
「何処か具合が悪いんですか?それとも、私が乗っかっちゃったからでしょうか?」
険しい顔で私を睨む獣人さんの肩に手を置いた。相手の体がビクッと跳ねた。
「どうしよ……痛かったですか?救急車?」
相手の肩に置いた手と反対の手で、洋服のポケットに入れたスマホを取り出す。するとソレを取り上げられて、はたき落とされた。
「あっ」
スコーンとスマホが落ちて転がった。
「余計なお世話だ、放っておけ」
獣人さんは、脇腹辺りを抑えながら言った。
(こまった…もしかしたら、獣人さんは、この外見で差別されて病院とかも行けないのでしょうか?)
「もしよろしければ、お家まで……」
自分もソウンさんに拾って貰った身。この人を見捨てる事は出来ない。
「……お前……」
体を起こした獣人さんは、私の方を見て顔を顰めた。そして私の手を振り払った。その力が強くて、ビックリして両手を胸の前に挙げた。
「あの、知り合いにお医者さんが居るので……見て頂けるか相談してみましょうか?」
頭の中に、天崇さんと、さっき別れた更紗先生の顔が浮かんだ。
道の端っこまで飛んでいったスマホに視線を送る。
「余計な事をするな……早く何処かへ行け」
獣人さんは、ツラそうに壁に手をついて立ち上がった。でも、長く深いため息をついている。
「で、でも……」
大きな体を支えようと腕を伸ばす。
「触るな……」
触れる直前で嫌がっているから、と迷ったけどお節介でも放って置けないと一歩近づいた。でも、その時、人が此方にやってくる声が聞こえてきた。
「くそっ」
獣人さんは、周りを見回して、最後に上を見上げた。釣られて上を見る。ビルとビルの隙間から少しだけ空が見えた。
「えっ!?あぶないですよ!」
私の注意が一瞬空に向けられているうちに、獣人さんは、ビルの外壁を身一つで登り始めた。窓の枠、室外機、換気扇、雨樋などの頼りない足場を使ってあっという間に四階建てのビルの屋上に消えた。
「……うそぉ……」
唖然と空を見上げる私の後ろを不審げな人達が通り過ぎていった。
私は、スマホを拾い上げて、もう一度屋上を見上げた。
(あんなにツラそうにしていたのに……そのまま何事もなく立ち去ったとは思えないよ……まだ、この屋上にいるのかな?)
近くをウロウロ見て回ると、そのビルの階段を見つけた。
階段の近くの看板を見ると、入っているテナントのプレートが入っていた。
ラーメン店、スタジオ、事務所、事務所だった。私は、ドキドキしながら階段を上った。途中、スタジオの人らしき人とすれ違い、すこし不審な目で見られたけど、素知らぬ顔でやり過ごし、屋上の扉の前までやって来た。
(きっと閉まっているよね……)
そう思いながらドアノブに手を伸ばした。
余りに扉が重くて、やっぱり開かないかなぁと思ったけど、ぐっと力を込めたら、ゆっくりと扉が開いた。
「やった……」
不思議な達成感に満たされて、喜び勇んで屋上へと踏み入れた。
意外と広い屋上を歩くと、私の背丈を超す室外機と物置の間のスペースに、さっきの獣人さんが横向きになって倒れていた。
「大丈夫ですか!?」
慌てて掛けよって、腰辺りをトントンと叩くと、閉じていた目が半分くらい開いて、私を睨んだ。
「……さっきの……女か……」
「あの……やっぱり病院へ……」
「余計な、お世話だ……俺は、犯罪者だ……殺されたくなければ、関わるな……」
「……」
犯罪者。心臓がドキドキする。この人はどんな犯罪を犯したのだろうか?通報した方がいいの?通報すれば、この人は捕まってしまうけど、怪我は治療して貰えるのでは?そしたら、恨まれるかもしれないけど……。
私が固まっている間に、獣人さんは意識を失ってしまった。
「どうしよう……どうしよう」
立ち上がってウロウロと歩き回った。もし通報したら、きっと警察に私も色々話を聞かれるはずで、私は犯罪者では無いけど、戸籍も無いし人間という微妙な存在だ。もし騒ぎになったら、私に関わってくれた人達に迷惑が掛かるのでは?
でも、この人を、このままにしておくわけにもいかない。
(せめて、すこしくらい良くなってから、自首を勧めよう!)
私は意を決して、走り出した。
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