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要請
途中、信号待ちの時に『獣人、事件』で検索をして、あの獣人さんの起こしたかも知れない事件を探そうと思ったら……それよりも早く、検索サイトのトップに『チンパンジーの完全獣体、テロの恐れ』というワードが目に飛び込んできた。
(思ってたよりも、とんでもない事態だった!!)
剛健社長の敷地内の新しい我が家へと辿り着いた。インドア派だったという私の呼吸は、もはやゴホゴホと咽せるレベルの息苦しさだ。
社長のお宅の広い駐車場には、ソウンさんのSUVとバイク、そして何故か側面が凹んでいる天崇さんの高級車が停まっている。
「てっ……天崇さん!」
玄関に駆け込むと、リビングでパソコンを弄っているソウンさんが驚いて私を振り返った。
「ノエ?どうした?何があった?」
ソウンさんが心配そうに立ち上がって、私の目の前にやってきた。私はゼーゼーと呼吸を整えながら、ソウンさんの腕に掴まって顔を上げた。
「どうしたんだ?」
「あの……」
(きっと軍って、警察みたいなものだよね?問答無用で確保だよね?でも……どうしよう……あの人が本当にテロリストなら、今すぐ確保して貰わないとまずいよね……)
私は、どうしていいか分からず、じっとソウンさんの顔を見つめながら、考えた。
ソウンさんの眉毛は珍しくハの字になっていて、私の様子をじっと観察している。
「ノエ?言ってくれないとわからない……何があったんだ?」
(あの獣人さん、今は動けるような状態じゃ無い!とにかく、一度天崇さんに相談しよう!)
「天崇さんはいますか!?」
「っ!」
目を見開いて驚いた顔をしているソウンさんの腕を離して、部屋を見回すと二階から物音が聞こえた。
「アイツは、上に居るが……ノエ……ノエ!?」
「ソウンさん、ごめんなさい!」
私は、ソウンさんを振り払うように二階へと駆け上がった。ソウンさんの私の名前を呼ぶ声がチクチクと胸に刺さった。
「天崇さん!いいですか」
二階の天崇さんの部屋へ、返事を待たずに駆け込んだ。朝は何もなかったそのお部屋には大きなベッドとスタイリッシュなデスクが運び込まれている。天崇さんは、備え付けのクローゼットに洋服を掛けていた。
「いいよ。どうしたの?」
振り返った天崇さんは、私を迎え入れるみたいに長い腕を広げて微笑んだ。
「あの!えっと……」
何と説明して良いか分からない。とにかく、獣人さんの病状を思い出す。
「左の脇の中が凄く痛くて、意識を失うくらいなんです!」
「何があったの!?」
ニコニコしていた天崇さんの表情が一瞬にして真剣なものに変わった。
そして私に近づくと、抱きしめるように背中を支えられて、ベッドに横たわらされた。酸欠も相まって目が回る。
「ちょっと、触るよ」
天崇さんが、私の明るいグレーのセーターを捲るとお腹に手を当てた。
「外傷は見当たらない……いつから?」
すっかりお医者さんの顔した天崇さんが聞いた。
「ちょっと…違うんです……あの……」
「直ぐに病院に行こう、検査する」
私の服から手を離した天崇さんは、膝の下に腕を滑り込ませてきた。
(このままだと、私が病院に運び込まれちゃう!)
「私じゃ無いんです!」
「え?」
否定する言葉が間に合わず、軽々と抱き上げられてしまった。爽やかな見た目を裏切る鍛え上げられた体で、抵抗してもビクともしない。
「私じゃ無くて……別の人の話で……」
焦ったような顔をしていた天崇さんの表情が緩む。
「ん?ノエは大丈夫なの?」
至近距離で覗き込まれ、ビックリして腕を上げて天崇さんの口元に手を当てて、そっとお顔を押し返した。
「…はい」
私の返事を聞いた天崇さんは、ゆっくりと体をベッドに戻してくれた。でも、私じゃ無いと言っているのに、まだ心配そうだ。
彼の手が私の頬に手を当てて、目を覗き込まれた。綺麗な焦げ茶色の瞳に飲み込まれそうだ。
「誰?ノエの知り合い?」
天崇さんの手が離れていき、頬が少し寂しくなった。
「あの……そういうんじゃなくて……」
私は、ソウンさんの存在が気になってベッドから起き上がり、開けっぱなしにしたドアを見た。
(聞かれたら不味いかな?)
「ちょっとスイマセン」
ベッドに片膝を乗り上げている天崇さんの耳に話しかけるため、自分もベッドに膝立ちになってけど、それでも体格差で届かないので、立ち上がって天崇さんの耳に顔を寄せた。
天崇さんは、ビックリした顔をして口をすこし尖らせながら笑っている。
「怪我しているチンパンジーの獣人の人を見つけちゃったんです」
「……」
「通報しようか……自首を勧めようか……どうしたらいいのか……とにかく痛そうで辛そうだったから……どうしたら少しでも良くなりますか?市販のお薬とか使えますか?」
相手はテロリストだ。治療して下さいとは言えない。何かアドバイスでも貰えれば、という気持ちで相談した。そして言うだけ言って、天崇さんの耳から顔を離した。
「何もされてない?」
天崇さんが立ち上がり、私の腰を抱いた。私がベッドに立っていると、ちょうど同じくらいの視線の高さになって、何だか凄く恥ずかしい。
「はい。あっち行けって言われたんですけど…」
「そう。とりあえず行ってみようか」
「い、良いんですか?」
「ただ働きはしないよ。終わったらノエが俺にキスしてね」
「えっ!?」
(そ、それはお医者さんの診療の支払いとして、妥当ではないのでは!?)
「じゃあ、行こうか。場所は?」
「あっ……あの…えっと、駅の近くの……」
きっと今のは冗談だったのだろうと、荷物を用意し始めた天崇さんを静かに見守った
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