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チンパンジー獣人
「……お前」
目を覚ましていたチンパンジー獣人さんが、ギロっと私たちを睨んだ。
「どうも、お久しぶりだね。やっぱり君だった」
横たわるチンパンジー獣人さんに、天崇さんが手を振って近づいていった。
前を歩く剛健社長が「アイツら知り合いか?」と私に聞いてきたけれど「わかりません」と首を振った。
「何しに来たんだ……」
チンパンジー獣人さんは、苦しそうに上体を起こして膝を立てた。
「別に。愛しい人に頼まれて、動物愛護かな?」
天崇さんが彼の横にしゃがみ込んだ。
「……やっぱり、さっきの女……ノエか……」
チンパンジー獣人さんが、名前を呼んで私を見たので、体がビクッと反応してしまった。
私を振り返った剛健社長の目が凄く薄められている。
(私……テロリストの犯罪者のお方と知り合い……)
「……余計な発言は控えて」
天崇さんの声が低くなっている。ちょっと怖い。チンパンジー獣人さんも押し黙った。
「そう、大人しくしてて」
天崇さんの診察が始まった。
「レントゲンもCTも無いから正確な事は言えないけど、肋骨が4本折れてて、脾臓損傷かな?」
「聞くだけで痛そうです……手術とか必要なんですか?」
天崇さんの横にしゃがんで、その顔を覗き込んだ。
「うーん、完全獣体だから強靱だし快復力が高いから、暫く大人しくしていれば治るんじゃ無いかな?まぁ、普通は入院するけど、出来ないし、きっと軍や警察に引き渡したら、殺されるよね」
「何でですか!?犯罪者は治療が受けられないのですか?」
(たしかネットのニュースには、軍人を二人殺して、テロを計画しているってあったけど、犯罪者は基本死刑なの?捜査は完璧なの?冤罪とかないの?そもそも裁判とか存在しなかったんだっけ?)
失った記憶を探るけど、何も出てこない。
「そういうわけじゃないけど、彼を殺したい人が軍に居るみだいだからね」
天崇さんがサラッと怖い事を言いながら、チンパンジー獣人さんに注射を打つ。私はその隣でフィルムなどの廃棄物を受け取りながら聞く。
「それって……どういう……」
「死んだ方が都合が良いってことかな」
「胸くそわりぃな。つーか、お前ら知り合いなんだろ?どうすんだよ、コイツ。連れて帰るのか?」
剛健社長がチンパンジー獣人さんの脱げかけた靴を履かせてあげて、彼を指さした。
「大した関係ではないです。……同郷って感じかな」
「同郷……同じ施設?」
私が聞くと天崇さんは曖昧に微笑んだ。
「放って置け……もう十分だ、さっさと行け……」
チンパンジー獣人さんが、気怠そうに手を振った。
(モヤモヤします……なんだか、すごくモヤモヤします。何も分からないから、何も言えないけど……)
「あ゛―、お前は本当に、疫病神だな!くそ!とりあえず連れて帰るぞ」
剛健社長はオールバックの髪の毛を掻きむしり、自分の大きなお顔をバチーン!と叩いた。私と天崇さんは目を丸くして社長を見ていると、チンパンジー獣人さんをあっという間に抱き上げてしまった。
「剛健社長!い、良いんですか?」
「うるせぇ、黙っておけ!ちょっと良くなったら、あの狼に突き出す!てめぇ、捕まったあとに俺の事喋るんじゃねーぞ。おい、コウモリ車回してこい」
「キーは?」
「出します!」
私は社長に掛けよって、社長のズボンのポケットを漁る。チンパンジー獣人さんをお姫様だっこしているから、凄くとりにくい。
「おい、やめろ……そっちじゃねー!反対だ」
「ごめんなさい、あっ、あった!」
社長はお腹も太股も筋肉でパンパンだから、ポケットもパッツパツで鍵が取り出しにくかった。
「どうぞ!」
天崇さんにキーを渡すと、天崇さんは汚いもののようにキーを二本の指で摘まんで鞄に突っ込み。私の手を埃を払うように撫でた。凄く爽やかな顔だ。
「おい……」
「じゃあ、行こうか」
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