私の名前は、ノエらしい

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私の名前は、ノエらしい

 すっかり日が沈み、辺りが真っ暗になったころ、舗装された道へ辿り着いた。  小一時間は小走りで森を走り続けたソウンさんの呼吸は乱れていない。少しも疲れが見えない、しっかりとした足取りで路肩に止めてあるSUV車へと近づいた。 (移動中に車の所に向かっているって言っていたから、勝手に軍用のジープとか想像していたけど、意外と普通の車だ……ゴツイ感じだけど……コレは覆面パトカーみたいな感じなのかな?)  ソウンさんが運転席のドアに付いているボタンを押すと、車がピピッと音をたててロックを解除した。そして後部座席の車体の下に足を差し出すと、ドアがスライドして開いた。 (異世界で獣人とか登場するのに……現代的……すごく変な感じ)  私は目をパチパチとさせて車を見入った。 「ゆっくり下ろすが、座れるか?」 「はい!大丈夫です。ありがとうございました!大変だったですよね……すいません」  そっと車内の床に足をつき、すこし膝が痛かったけれど、顔に出さないように前列の席に腰を下ろした。 「君は、どうしてすぐ謝るんだ?」 「え、す…すいません」  指摘されているのに再び謝罪をしてしまい、思わず口を塞いだ。それをソウンさんは車体の上に手を置いて不思議そうに眺めている。 「ソウンさんが、来てくれなかったら、今頃、私は熊に襲われてましたし……遭難してました。助けてくれて、本当にありがとうございます」  深く頭を下げてお礼を言った。 「当たり前のことをしているだけだ」 「……」 (かっ……格好いい!わかる。助けてくれた警察官とか消防士さんとか、軍人さんに惚れてしまう人の気持ち凄くよくわかるよぉ!)  声にならない声を上げて叫びたい気持ちを抑えて黙り込んだ。 「シートベルトはわかるか?出発するぞ」 「わかります。よろしくお願いします」  スチャッとシートベルトをしめた。そしてドアを閉めて運転席に乗り込んだソウンさんがエンジンをつけて車を走らせ始めた。 (運転って性格が出るって良く言うけど、ソウンさん……凄く優しくて無駄が無いなぁ……というか、私の記憶喪失ってどうなっているんだろう。車とか社会のことは大体わかる。言葉も通じている。でも、自分の事は何も思い出せない……)  ふと、車外に目をやると、ウィンドウに映る自分の顔が見えた。  卵形の小さな顔に、頼りない細い顎。鼻はそこそこ高いけれど、細くて存在感は薄い。目は大き過ぎない程度にパッチリしていて、口も形がよく柔らかそうだ。品の良いパーツがバランスよくおさまっている。 (……これといって特徴の無い……小綺麗な顔……ソウンさんの強い凜々しい顔立ちとは、別方向だなぁ……って!何考えているんだろ、私。さっきから意識しすぎな気がする。気をつけよう、イタい女になっちゃう。それにしても自分の顔を見ても何も思い出せない。どんな思い出も浮かんでこない)  何も所持品はなく、服も学生時代のジャージで記名されているわけでもない。ため息をついて俯いた視線の先に、左手の小指にはまる細いシルバーの指輪があった。もしかしたら、と指輪を外して、リングの内側を覗き込んだ。 「アレ?」 「どうした」  気の抜けた声を出した私を、ソウンさんが振り返った。 「あの……指輪の内側に何かが書いてありそうです」 (私……まさか、彼氏がいた?え?そんな私生活が充実している女だったの?それとも……まさか、自分で買って名前まで入れた感じ?) 「……何て書いてあるんだ」  声が一段と低くなったソウンが問いかけた。 「えっと……暗くて、ちょっと見えません」  目を細めて、リングの内輪を睨み付けるけれども、読み取れない。 「……待て」  ソウンさんは、ハザードを出し車を路肩に止めると、後部のルームライトを着け、更に運転席にあった小型のLEDライトを手に持って点灯させた。 「んー、わぁオシャレ、内側が赤になってる……あっ、すいません」  つい指輪の感想を言ってしまい、鋭いソウンさんの視線を感じて気を取り直してリングの内側を見た。 「Happy Birthday Noe」 (なんだろう……彼氏感から若干、家族、友人感が出てきた気がする) 「ノエ」 「っ!!」  運転席から私をみているソウンさんが、名前を呼んだ。 (は…恥ずかしい!なんだか凄くドキリとしちゃったよ。ソウンさんは、苗字がわからないから名前っぽいのを呼んだだけなのに……) 「ノエ」 「はい!」 「ノエと呼んでもいいか?」  ソウンさんは、じっと私の目を見つめた。夜の闇の中で、彼の目が普段の焦げ茶から金色に変わり光っているように見える。 「は、はい。もちろんです」  指輪を左手の小指に戻しながら、コクコクと頷いた。 「それは……ノエの恋人から送られた物か?」 「さ、さあ?記憶が無いので何とも言えませんが……彼氏がいたイメージが湧きません」 「そうか」  再び走り出した車内が沈黙に包まれた。何となく重たい空気を感じて、何か明るい話題はないかと頭を巡らせた。 「ソウンさんは、どんな彼女さんがいらっしゃるのですか」  こんなに素敵なソウンさんに彼女がいないはずない、そう思ってノエは聞いた。完璧な彼女の話など聞けば、吊り橋効果のようにドキドキする心臓も落ち着くだろうという考えもあった。 「居ない」  またまた。とツッコミたくなったけれど、居るけどお前に話す気は無い。そう受け取って口を閉じだ。軍人さんがプライベートな事をベラベラ話すはずが無いよね。  再び車に思い沈黙が流れた。 「あの!この世界では人間は迫害されたりしますか?」  気になっていた事を聞いた。異世界転移などの物語では、主人公は大抵、面倒な事態に巻き込まれたりするのが定番で、そうで無ければ物語にならないのだから……。 (私は何か意味があってこの世界に来たのか、それとも、ただの神隠しみたいな事故なのかなぁ?もしかしたら……全部、夢で次に寝て起きたら、この夢の中の出来事なんて忘れてしまうのかな?)  それにしては、今伝わってくる車の振動も膝の痛みもリアルすぎる。私は、自分の足下を見下ろした。 「痛いのか?すまない……先に手当すれば良かったな」  再びソウンが車を止めようとハザードを点滅させて減速を始めた。 「違います!全然大丈夫です。走ってください」  後部座席から身を乗り出してソウンさんに言った。 「そうか?もうすぐ着く、我慢しないで言ってくれ」 「はい、お気遣いありがとうございます」  先ほどよりか雰囲気が柔らかくなった。
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