過去 チンパンジー獣人視点

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過去 チンパンジー獣人視点

 物心ついたときには、檻の中で暮らしていた。  ベッドと小さな水道、トイレがついた檻だ。同じような檻が隙間なく並んでいて、他の姿形をした奴らが同じく檻の中でくらしていた。  特に疑問は抱かなかったが、不満は溜まった。それに、俺達を世話する白い服を着た奴らは、いつも俺達を手酷く扱った。ワザと切り刻まれたり、苦しい思いをする注射を打たれたりした。  少し大きくなった奴の檻の中にはテレビが設置され、そこには文字や計算を教えるような番組が流されていた。  そこに映るのは、白い服の奴らと同じで、檻に入れられた俺達とは、まったく違う姿形をしていた。 「俺達は……動物なのか?」  隣の檻に入っていた豹の言葉が頭から離れない。  俺達は、白服の獣人というやつらより、窓から見える鷹や飼われている犬に近い獣の外見だ。だから、この檻の中でくらしているのだろうか? 「完全獣体は強靱で戦闘能力が高いのが良いが、知能の低い奴は役に立たない。言葉もまともに扱えないような奴は殺処分だ。訓練用の動く標的に使う。不完全に獣が出た子供は捨てろ」  時々現れる『淀川大佐』と呼ばれる男が来ると、檻の中の数が減った。  憂さ晴らしに、その場で撃ち殺される奴もいた。  成長すると共に、色んな事が分かるようになった。白い服の奴ら研究員というらしく、この研究所のトップ、井塚博士の指示で動いている。井塚は、俺達を作る研究が中心で俺達の世話をするのは部下だった。  俺達は、将来、淀川の下で働く軍人になるそうだ。  何でも良いが、早くこの檻から出たい。  外ばかり見てすごしていた、ある日の夜。アイツがやって来た。  夜は研究員は此処には来ない。朝になると来て、夕方には餌を置いて帰っていく。 「……ねぇ、てんそー!動物園があるよ!」  小さい獣人だった。テレビも研究員も全て大人だ。 檻の中に居る奴らは皆、完全獣体と呼ばれ、人間のような骨格で獣の姿をしている。  俺は、初めて獣人の子供、しかも女を見た。  そいつは、小さくて細くて、歩くことすら危なっかしく思える異質な生き物だった。 「動物園ねぇ……違いないけど……ノエ、ちょと、そこで大人しくしていろよ。俺はコッチのパソコンに用があるんだ、邪魔するな」  俺達の檻の並ぶ部屋の入り口に立った子供は、一つ前の部屋に居るであろう人物と言葉を交わした。開かれたドアから差し込んでくる光が眩しい。 「うん」  人間達の椅子くらいの背丈しかない子供が、部屋の中央まで歩いてきた。 「うわー、テレビで見たことある。熊さん、寅さん、こっちは……何だっけ?」  子供は、俺の檻の前で止まった。 「あなた何てお名前の動物?ノエは人間だよ」 「人間?」 「しゃべった!てんそー!動物さんやっぱりお喋りできるんだよ!アニメと一緒!」 「ノエ五月蠅い!話しかけるな、時間が無い」  手を叩いて喜んだ子供は、姿が見えない声に怒られて口を尖らせた。 「ねー、あなた何ていうの?」  声を小さくした子供に聞かれた。  何と言う……名前か?そんなものはない。ただ種族ならプレートに書いて有る。 「読めないのか」  檻に取り付けられているプレートを指さした。 「ちんじーぱん」 「……」  俺は呆れた。俺達はそとの獣人よりも知能が劣り、低脳だと言われて研究員に虐げられている。  本当なのか?こんな字もまともに読めない奴と比べて俺達は無能なのか?  少なくとも……この子供なんて直ぐに殺せる。  俺は、衝動的に子供の茶色い髪を掴んだ。 「痛い!!」  簡単に引き寄せられた子供は、檻の柵に顔がぶつかった。  そんなつもりは無かった。 「ノエ!この馬鹿!」  子供の泣き声を聞いて、向こうの部屋から俺と同い年くらいの少年が走り寄り、子供の髪を掴む俺の事を柵の間から蹴りつけた。離した髪の毛がスルリと掌を滑り抜けていった。心が喪失感に塗りつぶされた。 「うわぁあん」  子供は泣いて少年に縋り付いた。ポロポロと流れる涙から目が離せない。アレに触ってみたい。 「くそっ……だから付いてくるなって言っただろ……半分も解析できなかった……泣くな」  少年がまだ泣いている子供の腕を掴んで歩き出した。  二人の背中が光溢れるドアの向こうへ消えていった。 「……」  子供の髪を掴んだ手を見下ろすと、数本の毛が指に残っていた。  それが離しがたく、握りしめて匂いを嗅いだ。
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