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隠れ家
さすがに、離れの私たちの家の方に連れて行くわけにはいかず、チンパンジー獣人さんは剛健社長宅のゲストルームに運ばれた。
チンパンジー獣人さんは、大柄だけど彼すら小さく見える剛健社長のサイズ感が凄い。
「仕方ないし、点滴もってくる」
天崇さんが、部屋から出て行った。
「チンパンジーさん、喉渇いたりとか大丈夫ですか?」
彼の枕元にしゃがみ込んで、聞いた。
マスクもキャップも取ったから、お顔が晒されている。
まさに、思い描いた獣人っぽさだ。人間っぽい所は体つきとか手や足だけで、顔はチンパンジーだ。
この人間と違うお口だと、どういう形のコップが呑みやすいのだろうか?
やっぱりストローが必要かな、と悩んだ。
「……」
チンパンジー獣人さんは答えない。
「ちなみに、差し支えなければお名前は……あっ、私たち知り合いでしたよね!あの、今、ちょっと私、記憶喪失を患ってまして……」
「何だそれ!?お前、設定盛りすぎだろ?!」
剛健社長が、すかさずツッコミを入れてくる。
「本当です!もう、この際だから言っちゃいますけど、私人間って種類で、記憶が無いから経歴詐欺ですけど、恋愛詐欺師じゃないですから」
「人間?記憶喪失?よっぽど、うさんくせぇわ!」
「もー、本当なんですよ!ね、チンパンジーさん」
過去の知り合いなら私の人間説くらいは肯定してくれないかと話を振ってみた。しかし、チンパンジーさんはクリッとした目で見つめてくるだけで喋らない。
「社長、お水もってきてください」
ひとのお家だし、勝手に勝手にキッチンを使うわけにはいかず、社長にお願いした。
「くそ……お前……ターゲットの許容範囲が広すぎだろうが……」
剛健社長は、ブツブツ文句を言いながらも水を取りに行ってくれた。
(私、まさか……まだ信じて貰っていない?)
まぁ、今はいいやとチンパンジー獣人さんに向き直った。他の獣人さんと顔の作りが違うから、表情で感情を読み取る事ができないけど、ビルの屋上に居た頃よりは安らいでいるきがする。
「大丈夫ですか?最初に会った時に……こんな怪我しているのに、思いっきり乗っかってスイマセンでした」
あれのせいで、悪化したのでは、と自責の念に駆られる。
「……別に」
「とりあえず、何てお呼びしましょうか?チンさん?パンさん?ジーさん?パンジーさん?パンジーさん可愛くないですか?」
「……」
あんまり好きじゃ無さそうだ。
「チンパさん?ちがうな、海苔巻きっぽい。ジーパンさんは?ズボンっぽいかな」
「……それでいい」
「ジーパンさん……私たちって、どういう知り合いなんでしょうか?幼馴染みですか?」
天崇さんの言っていた同郷とはどういうことだろうか?
もしかして、私も、天崇さんも……忘れているだけで、犯罪仲間の一人とか?
森で記憶を失った女とか、怪しすぎるし……天崇さんも、只者じゃ無い感じだし。
「何にもないよ。隣に住んでいただけだよ。殆ど面識も無い」
天崇さんが、開け放たれたドアから音もなくやってきた。
屈曲した腕には点滴道具がのっかっている。私を押しのけるようにベッドに近づいて、それらをジーパンさんの近くに落とすと、持ってきた大きめのS字フックをベッドの近くのカーテンレールに引っかけた。
(背が高いと、難なく届いてすごいなぁ……手を上げるだけで天井届きそうだなぁ……)
天崇さんは、フックに点滴を掛け、手際よくルートをとった。今、白衣を着ているわけじゃ無いけど、白衣が見える気がする。
「天崇さん……本当にお医者さんなんですね……格好いいですね」
ソウンさんの軍人姿も、剛健社長とポンさんの職人姿もそうだけど、やっぱり人の働く姿って格好いいなぁと改めて思う。
(私……事務所で電話とってテキトーな会話して、たまに事務仕事してるだけだけど。もっとバリバリ仕事できる感じになりたいな!今のところ私、剛健社長の疫病神だしね……)
「めずらしいね、ノエが俺を褒めるなんて」
天崇さんが顔をくしゃっとして照れたように笑っている。
(なんか……可愛いかも。というか、私たちどんな恋人関係だった?結構冷めてたの?)
「色々持ってきてやったぞ」
天崇さんの処置が終わった頃、社長がベニール袋一杯に色んな者を持ってきてくれた。わざわざ向かいのコンビニまで行って、色々買ってきてくれるなんて、やっぱり親方は面倒見が良い。
「すごーい、水に栄養ゼリーに経口補水液、果物、おかしまで……親方!!」
思わず抱きつこうとしたけど、社長は身軽に避けて代わりに天崇さんを差し出した。
ニコニコ迎え入れてくれた天崇さんの広い胸に、ボスッと納まる。
美形の胸は、良い匂いがした。
(この……フィット感、確かに身に覚えがある、気がする)
「……とりあえず、お前らアッチの家に帰れよ」
社長は、しっしと手を振った。
「でも……発端は私ですし、私がここでジーパンさんの看病を……」
「ここは、俺が未来の嫁と暮らす家だ。お呼びでない女は帰れ」
ムンっと社長が胸を張って言った。
(社長は、結婚に並々ならぬドリームを抱いていらっしゃる……確かに社長には、絵に描いたような幸せな家庭を築いてほしいな)
「では、何かお手伝い出来る事があれば呼んで下さい。ジーパンさん、また」
「……」
ジーパンさんに声を掛けると、一度ゆっくりと目を閉じてくれて、相手にして貰えた感じがして嬉しかった。
「点滴終わるくらいに、また来ます」
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