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ソウンさんの攻撃ターン
家に戻っても、ソウンさんは戻ってなかった。
そして夜になって、天崇さんが熱が出たというジーパンさんの元へ行ったのと、入れ違いになってソウンさんが帰ってきた。
「お帰りなさい」
お尋ね者を匿っている後ろめたさで、まっすぐソウンさんの顔が見られない。
「ただいま」
心なしかソウンさんの声の感じも暗い気がする。何処へ行ってたんですか?と世間話をしようとして、逆に今日の私の行動について質問されても困ると思って、話題を必至に探している。
沈黙している間に、ソウンさんはリュックを置いてスマホと携帯電話を取りだし、テーブルに置いた。そしてソウンさんのマンションから運び込まれたテレビの電源をつけた。
『逃走中のテロリストは、完全獣体ということで……今日は完全獣体に詳しい専門家にお話を聞いていきたいと思います』
「っ!?」
(な……なんていうタイミングなの!?というか、まさか……この事件って今、一番ホットな事件なのかな!?まずい……でも、いきなりテレビ消すのも不自然すぎる!話題!ソウンさんの気を逸らす話題を!!)
「ソ……ソウンさん!あの!」
ガタッとリビングの椅子から立ち上がった。ソウンさんとテレビの間に立ったけど、ソウンさんに近寄り過ぎた為に、身長差があるからテレビの画面は隠せていない。
(視線を……ソウンさんの視線を……)
「お聞きしたいことがあります!」
私は腕を伸ばして、ソウンさんの頬に手を添えて此方を向けた。
「あっ……ああ」
ソウンさんは、私の予想外の行動に、いつもより目を見開いて私を見ている。
行き当たりばったりで聞きたいことがあると言ったけど……今必死に話題を探している。
そして、思い出した。
(この話題ならば、雑音となるテレビを消しても変じゃない)
一旦、ソウンさんの頬から手を離して、テーブルの上のテレビのリモコンを押して電源を切った。
「ノエ?」
「私が……ソウンさんの番だというのは、本当でしょうか」
ドキドキと心臓が鼓動を早めている。肯定されても、否定されても恥ずかしいから、ソウンさんの顔を直視できなくて、ぎゅっと握った自分の手を見下ろした。
「……そうだ」
ソウンさんが息を吐いてから、答えた。彼の心地の良い低い声が心をザワザワさせた。
思わずパッと顔を上げると、ソウンさんと目と目が合って、その真剣な瞳に言葉が詰まった。
「……」
金縛りにあったように、動けないし声も出なかった。
「迷惑か?」
傷だらけの荒れた手が、私の髪にそっと触れた。そこから伝わる熱に体が震えた。
「ちが……います。ただ……よく分からなくて。自分の事も思い出せないし……私、もしかしたら、凄く悪い人間かも知れないです」
私の髪に触れる彼の手を取った。
テロリストと知り合いだし、ジーパンさんを匿っているし。
「ノエが?」
ソウンさんは、鼻で笑って、それはないと言い切った。
「でも……」
「それに、君が悪い人間なら、俺もそうなるように努力する」
「ん?」
「君に釣り合うように」
ソウンさんの顔は至って真剣で、冗談を言っているようには思えなかった。
「だめだめ、それは駄目です!それに……そもそもなんですけど、その番って……そんなに凄い強制力なんですか?普通の恋とか愛とかとは違うのですか?」
そこが、なんだか引っかかる。「番だから好きだ」と言われているようで、自分に言われているような気がしない。
(そう思うのも、とても傲慢というかワガママな気がするけど……)
「狼獣人は嗅ぎ分ける力が強いだけだ。自分が好む、愛する要素がこの世で一番多い相手を……」
ソウンさんの少し釣り上がった目は、狩りをする狼のように恐ろしく……私は、支配された獲物のように彼に釘付けになった。紅く見える唇が少しだけ口角を上げて、今日の晩餐を捕らえた事を喜んでいるようだ。そんな場違いな妄想に取り憑かれる。
余計な事を言わず、硬派な印象のソウンさんが発する言葉には、重みがある。
彼の言葉は、彼の本心のみを語っている、そう感じさせる人間性がある。
「あっ…あっ…」
この人に従えば良い、この圧倒的な雄の存在に委ねれば良い。
この人の庇護の元で、守られ愛されることが……何よりも幸せな気がする……。
頭の中が麻痺するみたいに、ぼーっとする。
「君に会って、すぐに魅了された。どうしょうもなく恋している。それでは駄目なのか?」
「私は……」
喉元に食らいつかれた気がする。息が苦しいし、声が出にくい。
「君がまだ俺にそういう気持ちを抱いていないのは分かっている。今は、それでいい。ただ……君の事をもっと知りたい。理解したい。何でも話して欲しいし、何かあれば頼ってほしい……他の男ではなく……」
「ソウンさん……」
「君は今日、困った顔で帰ってくると、俺を置いて……コウモリの元へ走った……それが個人の能力による選択だったとしても……悔しかった」
ソウンさん程の人でも、他人に嫉妬したりするのかと意外だった。しかも、その原因が私というのが信じられない。
「コウモリでもなく他の雄でもなく、俺を選べ」
ソウンさん硬くて大きな指が、私の頬を撫でた。目が離せない。ソウンさんの動く唇、瞬きを忘れた瞳、それに耳に響く声で私の中が一杯になる。
「……待っている」
「あの……でも……」
ソウンさんの顔が近づいてくる。そして耳元まで近づくと、話し始めた。
無意識に自分の息をも潜めて、彼の音に集中した。
「ノエが、俺を選ぶのを待っている。それ以外は受け入れられない。結論は一つだ」
「っ!」
息が止まる。
ソウンさんは、一本筋の通った芯のある男性で、優しくて私に甘いけど……ソレだけじゃ無い。
彼の持つカリスマ性や……支配力は天性のものなのか、軍隊生活で身に ついたものなのだろうか……。
うっかり身を委ねたら、抜け出せない気がする。
「ノエが今、秘密にしていることも……君が危険にさらされない限りは詮索しない。俺の助けが必要になったら、頼ってくれ」
ソウンさんの言葉に、驚き後ろへ下がった。目を見開いて彼を見つめる。
(バレてる……きっと、全部バレているんだ……)
「な…何の事だろう……」
まだ確証が無いから、とりあえず、この場は誤魔化してみる。
ソウンさんは、唇の端を少しだけ上げて微笑んでいる。目は少しも笑っていない。
「おやすみ、ノエ」
「お、やすみ……なさい」
ソウンさんが、スマホと携帯を手にして階段を上がっていった。
目の前からソウンさんが居なくなって、深く長いため息が出た。
とても緊張していたのか、今になって手が震えている。
私は、今……口説かれたのか
それとも、脅されたの
恐怖と興奮は、似ているのかもしれない……胸が震えている。疼くように痛い。でも私の顔は……なぜか少し微笑んでいた。
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