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ターゲット
「あと三日もすれば、ある程度動けるようになると思うけど……淀川殺しに行くの?」
処置が終わって、チンパンジーの前にある椅子に座った。
ゴリラの社長は、食事の為に階下のリビングへ向かった。
「……止めるのか」
「いいや、まったく」
「お前は……ノエは、一体なんなんだ……なぜアソコに居たんだ」
「教えたら良い事ある?」
チンパンジーは俺に多少の恩義を感じているし、ノエに好意を抱いている。
ノエに抱く感情には、多少の苛立ちを感じるけれど、コイツは、ノエとどうにかなろうとは夢にも思っていないし、可能性も無いから見逃している。
「……」
「まったく面倒なことになったよ、ノエがお前のせいで罪悪感に苛まれるだろ」
笑いながら、折れている肋骨部分を強く摩ってあげた。
チンパンジーは歯を噛みしめて声も出さずに我慢している。
「あー、ごめん、ごめん。痛み止め追加してあげるね」
持ってきた錠剤のフィルムをベッドにのせた。
「ノエは、あの研究所で博士が作り出した人間だよ。国が保存している人間の受精卵を淀川から譲り受ける見返りに、あの研究所で使い捨て用の完全獣人を作ってた」
「……」
思い出される、人間という存在に取り憑かれた男の異常性が。
彼は、たった一つの受精卵から人間を誕生させる事に血眼になった。
失敗は許されないし、誕生に成功しても、その後も問題は山積みだ。
獣人の血は人間に輸血できない。臓器もしかりだ。
「産まれた人間の為に、まずは……いざというときの素材を作った。その子に血も臓器も提供できる、その子を守る存在を。あらゆる獣人のDNAを掛け合わせて、沢山のキメラを作った。その最高傑作が俺。失敗作の何人かは殺されずに売られていった」
まだ幼かった時は、俺がノエの為だけに存在しているという事実が受け入れられなくて、反発した。
大人達の前では、そんな姿は見せなかったけれど……。
ノエの存在が鬱陶しかったし、見るだけでイライラした。だけど……居ないと落ち着かないし、俺と関係ない所で笑っているのがムカついた。
このチンパンジーと仲良くしているのも腹がたったな。
少し大きくなって、ノエに触りたい、ノエを犯したいという衝動がうまれて、これが、そういう気持ちだと気がついた。
その頃には、大分、ノエは俺に対して拗ねていた。
それは、そうかもしれない。意地悪をしすぎた。
本当は恋人なんかじゃ無い。
ノエは、俺に兄弟に近い感情を抱いていた。
記憶を無くした事がチャンスだと思った。
ノエは、根が真面目で世間知らずな分、人を信じ込みやすい。きっと俺の言うことを鵜呑みにして、俺を意識してくれると考えたんだけど……まさに、その通りだった。
「……その失敗作のリストはあるか?」
「何故?」
「俺は昨日、淀川と会っていた獣人に襲われた。その男は、アイツに付き従うような無能なタイプじゃなかった……ハイエナ獣人だと思うが……他の気配もあった。完全獣体の失敗作に似ていると思ったが……もっと強い……どこかお前に似ていた」
ザワザワと胸騒ぎがする。嫌な予感だ。
ノエが他の獣人から輸血も臓器提供もされないように、ノエにあわせて作られたアイツらにも、他の獣人のものは適合しない。
もしも……アイツらが自分たちの出生の秘密を知ったら?
もしくは……淀川が、その情報をネタに、アイツらを利用しようとしたら?
「面倒な事になった」
アイツらは失敗作だが、生かされたのは中でもよく出来た良作だ。
ノエが危ない。
「チンパンジー、殺す標的が増えたよ」
「……あぁ」
やはり、チンパンジーは拒否しなかった。
気は進まないが、狼とゴリラも引き入れる必要がある。
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