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誰も隠れない
同じ家だけど、お前と一緒に出社しない。
朝は、頑なだった剛健社長だけど、帰りになると、一緒に帰るぞと言いだした。
ジーパンさんのご飯を作る必要があるし、面倒だからもう全員分作るぞ、と一緒にスーパーに寄った。
男性4人の食欲が、さっぱり分からないけど、やたら肉を買い込む社長を遠い目で見ながら、野菜を追加した。
会計時に、有り金全部だしても足りなそうだったけど、支払いをしようとしたら「アイツら、家賃すげぇ振り込んできたから、俺の財布はより豊かになっている。元は空き屋だったのにな」と、奢ってくれた。
「今日は鍋だ。あのチンパンジーは雑炊だ」
社長の家には、花柄の可愛いエプロンがあった。
ソレを貸してくれるのかと思いきや「これは未来の嫁用だ。テメーは、俺の穴の開いたTシャツでも被っていろ」と、パンダの顔が伸びきったTシャツを渡された。
気は進まないけど、まだ洋服も数少ないから汚したくない。渋々、Tシャツを被ったけど、大きすぎて。襟ぐりは胸元も出ちゃって、袖は着物のようにゆったりと五分まで来るし、丈は膝まで届いた。
「何の意味も成さないです」
「子供かっ!しょうがねぇな、ホラ」
エプロンとして代用できないTシャツを脱いで、渋々貸してくれたエプロンを着た。
つい、嫌がらせで「可愛いですか?」って聞いてみたら、もの凄く嫌な顔をされた。それが、とても面白かった。
「じゃあ、ジーパンさんにご飯持って行きますね」
野菜も肉もてんこ盛りにされた、ちょっと重いのではと思う雑炊を持ってゲストルームへと向かった。
ノックをしても、返事は無いけど、声を掛けて部屋へ入った。
ジーパンさんは、大きいクッションに背中を預けて、少し起き上がった姿勢で、スマホを弄っていた。
(そのスマホは誰から?いいの?外部と連絡出来てしまっていいの?)
浮かび上がる疑問をぐっと我慢した。
「ジーパンさん、起き上がれるようになったんですか?」
「……あぁ、人間とは元が違う」
「そうなんですか?まー確かに、私には絶好調の時でもビルをクライミングして登るなんて絶対にできません。凄いです。ここの社長、足場の会社をやっているんですけど、みんな高い所でもシュルシュル昇ってて、驚異の身体能力が羨ましいです」
ジーパンさんは、人間と同じような体つきをしているけれど、若干猫背ぎみで肩がまいている感じがする。ソウンさんよりも細身に見えるけど、その分、身軽な感じがある。
「……ここのゴリラ獣人は……良い奴だな」
今、ジーパンさんが少し笑った気がする。
「そうなんですよ!もう、良い人すぎますよね」
自分も大好きな人を褒められると、何だかとっても嬉しくて、つい興奮気味に返してしまった。ジーパンさんが、もっと笑っている。
「あっ、すいません。ご飯だった」
つい忘れていた、雑炊のお盆をベッドの端に置いて、直ぐ近くの大きな椅子に腰を下ろした。雑炊は、もう熱々な感じでは無いけど、かき回すと湯気がでてきた。
レンゲに少し掬って、フーフーしかけて、好きでも無い女に、そんなことされたら気持ち悪いかと思い、上下にスライドさせるように動かした。
「はい、ちょっと肉すごいんですけど……」
レンゲを近づけて行ったら、途中で奪われた。
「貸せ」
「大丈夫ですか?」
「ああ…」
お椀だけ近づけてあげたら、ジーパンさんは、脇を庇いながら自分で完食した。
それから、リビングに下りていくと、そこでは皆が食事をしていた。
大きなテーブルには、奥のお誕生日席に剛健社長、向かって右に天崇さん、左にソウンさんの部下とソウンさんが座り、並べられた味の違う鍋二つをつついていた。
(どうして……ソウンさんと、その部下の……多分、お話に何度か出てきた宇田さん?がいるの?確かに私たちがジーパンさんを匿っているのはバレてっぽいけど……もうオープンな感じに?)
「おー、さっさと座れ、無くなるぞ!」
剛健社長が、向かい側のお誕生日席を指さした。
「お先に頂いています」
宇田さんが、食事の手を止めて頭を下げた。
「ノエ」
ソウンさんがムキムキの長い腕を伸ばして、椅子を出してくれた。
困惑しながら、そこに腰を下ろすと、天崇さんが私の食器を手に取り、お鍋をよそってくれた。
「あの……この状況って」
助けを求めるように、剛健社長と天崇さんをチラチラと見た。
「俺達は、目的の為に協力することにしたんだよ」
「協力……」
私が天崇さんの話を聞いていると、席を立った宇田さんが、ごはんをよそってくれ、それがソウンさんに渡り、私の手元までやってきた。ぺこりと頭を下げてお礼を言う。
「我々、軍も一枚岩ではありません。あのチンパンジー獣人を狙う淀川大佐は、軍を私利私欲に利用し、大勢の若い軍人がアイツのせいで命を落としています。今回、あのチンパンジー獣人に狙われるようになったのも、既に殺害された2人と共に、非人道的な研究をしていた為です。隊長と我々はチンパンジー獣人の捕獲に表面上は従っていますが、捕まえるつもりがありません。むしろ淀川の不正や研究について世間に暴露しようと思っています。問題が片付いた後、彼には自首して貰うことで協力に同意しました」
宇田さんが、私の方を向いて姿勢を正し、語ってくれた。
「えっと……これから、淀川って人の不正を暴くってことでしょうか?」
「それだけじゃない」
ソウンさんが答えた。
「それがさ、その淀川に協力する奴らが出てきたんだけど……俺、ソイツらに命を狙われちゃってるんだよねぇ」
天崇さんが「ははは」と頭に手を当てながら爽やかに笑っている。
「えええ!そんな!大丈夫なんですか!?」
「駄目かもしれない、凄い怖い。夜も1人じゃ眠れないよ」
天崇さんが眉をハの字にして、捨てられた子犬のように私の手を取った。正直、まったく、そんな感じが伝わってこない。
「折角だから殺されろ」
ソウンさんが、私の手をにぎる天崇さんの手を叩いて払う。
「でも、なんで……そんな事態に……」
「俺、これでも天才遺伝子学者だから、方々の嫉妬と恨みを買ってるし、淀川の研究の証拠も全部持ってるんだ」
「そうなんですか……じゃあ、なんか、もっと隠れた方が……」
天崇さんの輝くような外見は、外を歩くだけで目立つ。周囲の視線を集めすぎている。
188㎝の身長に9頭身じゃないかと思う体つき、長すぎる脚。
ハンサムを絵に描いたような整った顔立ちに、綺麗な肌、サラサラと流れる清潔感のある少し茶色い髪。
常に微笑んでいる甘い表情。
生きているだけで目立ち過ぎる。
「もっとこう……なんとかして普通な感じに…」
立ち上がって、天崇さんの右から左に流されている髪に手を入れて、ぐしゃぐしゃに乱した。天崇さんは何故が上機嫌で微笑んでいる。目に入った剛健社長のニット帽を棚から取って、その小さい頭に被せた。仕上げに、ソファに投げ捨ててある社長の作業着を着せた。
「……全然、隠れない」
芸能人の変装にしかみえない、溢れ出る美が、まったく鳴りを潜めてくれない。絶望して帽子をとった。
「ごめんね、ノエ」
嬉しそうな天崇が謝った。
(そもそも、この場に居る人達で、目立たない人間が誰も居ないよ!剛健社長も、ダンプカーレベルの肉体と厳つい顔がもう常人じゃないし、ソウンさんも男性的魅力の権化みたいな色気人間だし。ソウンさんの部下も、軍人なのにイヤーカフ装備しているし軍服着崩していて美形の個性派俳優みたいな雰囲気だし……ジーパンさんは言わずもがな……大丈夫なの?不安しか無い)
「私以外の皆が……目立ち過ぎる……」
「君が一番輝いている」
ソウンさんが真顔で言った。その隣で宇田さんが何故か拍手をしているし、剛健社長が遠い目で私を見ている。
「俺達はお似合いのカップルだよね」
天崇さんが微笑んでいる。
「死ね」
ソウンさんの言葉の矢が鋭い。
「とにかく、あれだ。告発の手はずと根回しが終わるまで、コウモリは仕事以外は、ウチでチンパンジーの治療をしながら隠れてろって話だ。恋人だと思われている、お前も巻き込まれないように、ここで在宅ワークだ。俺の滞りまくった事務仕事をやらせてやらぁ」
剛健社長が、テレビの前のローテーブルに置かれたパソコンと、積み上げられた書類を指さした。
「承知しました」
正直、全然よく分からなかった。ただ、暫く大人しく隠れていろって事なのは分かった。
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