罪悪感

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罪悪感

「……眠れません」  一人になるのは危ない。との事で、ジーパンさんは剛健社長と、剛健社長邸で眠り、夜勤だという天崇さんは、宇田さんと出勤し、私は家のリビングに布団を引かれた。ソウンさんは、私に背を向けたかたちで、少し離れたソファに座っている。 「すまない、五月蠅かったか?」  ソウンさんは、膝の上で広げていたノートパソコンを閉じて、ローテーブルに置いた。 「違います。そうじゃなくて、色々と心配になって」  布団からむくりと起き上がって、ソウンさんの座るソファに向かった。 「心配ない。君を危険な目に遭わせないように守る」  普段は、背が高くて私を見下ろしているソウンさんを、上から見るのは新鮮だ。  ルームランプのオレンジの光に淡く照らされるソウンさんは、顔の凹凸の影ができて、より魅力をましている。ソウンさんは、少し吊り目がとても印象的で、ついその目を見てしまう。  幅の広いくっきりとした二重で、普段は焦げ茶色の瞳が、光の加減で時々金色に輝いて見える……目が合うと、ソウンさんの世界に引き込まれそうだ。 「そうではなくて、私と天崇さんが山を下りてきたせいで、ソウンさんや社長を危険な目に遭わせてますし、ジーパンさんの事に首を突っ込んでる割に何も役に立ってませんし……」  社長が、はっきりと疫病神扱いしてくれるお陰で、心が救われているけど、彼らに何か有ったらと心配が尽きない。 「……ノエ」  ソウンさんの大きな手が、私の腕を引いた。踏ん張る事の出来なかった私は、ソウンさんの右の太股に衝突するように、正座で横に座った。 「ソウンさん!?」 「……聞いてくれ」  私の右手が、ソウンさんに右の掌の上にのせられた。私たちの手の大きさは全然違う。ソウンさんの手と比べると私の手が凄く華奢で細く見えるから不思議だ。  ソウンさんの指が曲がり、ギュッと握られた。 (ど…どうしよう、凄く恥ずかしい……ドキドキが止まらないし、ソウンさんの顔が見られない!)  繋いでいるだけでも恥ずかしいのに、ソウンさんは更に私の手の甲に、もう一方の手をのせた。私の左手が、ソウンさんの温かい体温に包まれて……そこから火が付いたように、全身が熱い。 「俺は、君と出会えたことに感謝している」 「……」  今、ソウンさんの顔を見たら、心を全部持って行かれそうだから、ローテーブルに目を向けた。 「私は……素性もよく分かりませんし、特技や誇れることもありません。天崇さんと付き合っていたみたいですし……ソウンさんには…っ!」  相応しくありません、と言いたかったのに、繋いでいた手をほどかれて、顎を掴まれた。 (キスされる!?)  迫り来るソウンさんの端正なお顔に驚いて、ギュッと目を瞑ったけれど……私たちの唇は触れあわなかった。  恐る恐る、ゆっくりと目を開けると、鼻先が触れあうほど近くにソウンさんの顔があった。  驚いて目を見開くと、ソウンさんの金色に見える瞳と目が合った。 「……」  ソウンさんが、ふっと微笑んで私の唇にキスをした。 「っ!?」 (やられた……しないと、見せかけて……目を開けてからキスするなんて……こんなの勝てるわけ無いよ)  文句の言葉すら出てこない。ただ、ただ……恥ずかしくて、体温が上昇しすぎて熱い。 「俺は今と、これからのノエが欲しい。獣人は、強者が欲しいものを手に入れる。だから、ノエは俺の番になる」  ソウンさんは、私の耳に唇を寄せた。低音の響く声が、私の心にも届く。ビリビリと心が勝手に震えていく。  これが、番ってもののせいなのか、彼自身の魅力なのか分からない。  ただ、怖い。  この先に行ってしまうと、自分でも制御できない感情に振り回されそうで。  逃げ出したくなる。 「やめてください」  ソウンさんの頭に手を当てて、ぐっと遠ざけようとしたけど、ビクともしないから、私が下がろうと、正座の脚を崩して、ソファから下りて脚をついた。 「あっ……」  正座をしていた脚が痺れて、ビリビリする。  倒れ込みそうな私を、ソウンさんが立ち上がって、支えた。  私の顔が、ソウンさんの胸に押し当てられるように抱きしめられた。 「……」  心臓がきゅーっと搾られるように痛い。 なのに、この逞しく、大きな体に抱き込まれる充足感は、一体何なのだろう。  離れがたい。このまま、目を閉じて抱きしめられていたい。 (駄目なのに……きっと、いけないことなのに……このままが良いよ…)  自分の心に従って、腕を上げて抱きしめ返したい。ソウンさんに甘えてしまいたい。 (でも……それなら、まず……私は、天崇さんとお話をする必要がある……)  左手の小指に填まっている指輪が、とても重く感じた。 「ソウンさん……私…」  私が顔を上げようとしたら、強く抱きしめられた。  しー、っとソウンさんが私に黙るように言った。  ソウンさんの頬が、私の後頭部にのせられた。 (私……ソウンさんに、惹かれている……ソウンさんの事が……)  自分の気持ちに気がついて、天崇さんの顔が頭にちらついて心が痛い。  記憶が無くなる前まで、私たちが付き合っていたなら……これは、凄い裏切りだ。  天崇さんの事を忘れてしまっただけでも、とっても傷つけているのに。  自分は、何て……最低な女なんだろう。  最初は嬉しかったソウンさんの腕の中が、苦しくなってきた。
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