好きにならないといけない人

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好きにならないといけない人

 翌朝、天崇さんが帰ってきて、ジーパンさんの処置をしてから、社長の家のリビングで仕事をする私の反対側のソファで眠り始めた。  ソウンさんは、デカイ仕事をしに行くという剛健社長とポンさんと一緒に出かけて行った。  指示された通り、データの入力をしながら、チラチラと向かいで眠る天崇さんを見やる。  ソファからはみ出る長い脚。色白の綺麗な肌をした繊細に描かれた美しいお顔。見れば見るほど、別世界だ。 (大天使?なんだか、ファンタジーのゲームに出てきそう……)  私たちは、本当に付き合っていたのだろうか?とにかく胸にストンと落ちてこない。天崇さんと恋人らしく過ごしている自分が想像出来ない。  でも、彼がそんな嘘を私につく理由も思いつかない。 (私は、どうしたらいいのだろう?ソウンさんへの気持ちを隠して、天崇さんの恋人として過ごす?) 「……」 (もういっそ、階段とかから落ちて頭をぶつけて、記憶を取り戻せば……いやいや、そうなったら、もっとややこしいかな?天崇さんの事が好きだった自分の記憶が戻ると、ソウンさんへの気持ちは無くなるの?)  答えの出ない悩みに、頭をこじらせながら、仕事を続けた。  3時間たっても夜勤明けの天崇さんは、ピクリとも動かない。 (そういえば、天崇さんって吸血コウモリって言ってたけど、獣人だから血は吸わないのかな?ご飯普通に食べているしね。でも、獣人図鑑に現代の吸血鬼扱いされているってあったよね。天崇さん、歯を見せて爽やかに笑うけど、牙みたいなの無かったな……)  どうやって血をすうのだろうか、とじっと眠る天崇さんを見つめた。 「ノエ……視線が熱くて、俺……ドキドキしちゃうよ」 「お、起きてたんですか?」 「今ね」  天崇さんは、横向きに体勢を変えて肘を付いて寝転んだ。  一々、全てが輝いて見える。生きて動いていることが、全てコマーシャルや映画みたいだ。 「天崇さん、イーってしてみて下さい」 「ん?」 「イーって」  こうです、とイーッと歯を剥き出しにして見せた。天崇さんは少し口を尖らせて困惑している。なんだか、可愛い。 「イー」  天崇さんの白い形の良い歯が見えた。歯磨き粉のCMに出てる俳優さんもビックリな美しさだ。 それをよく見る為に、ソファから立ち上がり、テーブルを回った。ふむふむと顎に手を当てて観察した。 「今度は、あーんしてください」  目を見開いた天崇さんが、首を傾げた。うん、やっぱりキュート。 「あーん」  開いて貰った口を覗き込んだ。うん、歯もぴかぴかだし、唇も艶やか。 「……」 「ノエ先生、俺は何の病気ですか?虫歯ですか?」  天崇さんが体を起こして、手を組んでノリノリで聞いてきた。 「お医者さんは天崇さんじゃないですか。ただ、調べたかっただけです。ご協力感謝します」 「何を」  クスクス笑いながら聞かれた。 (なんでかな?天崇さんって、体も大きいし年も上なのに、ちょっと弟っぽい感じある……なんか、可愛いなぁって……) 「吸血コウモリっていうくらいだから、血を吸う為の牙とか、ストローみたいなのないかなぁって」 「ストロー!」  天崇さんがビックリした顔をしている。 「いや……あの、蚊みたいな、そういうの無いかなって……」  妙なツボに入ったみたいな天崇さんがお腹を抱えて笑っている。 「そんなに笑う程のことじゃないと思います」  少し気恥ずかしくて、文句を言った。 「だってさぁ、ノエがノエだから」 「で、どうやって血を吸うのですか?まさか……切ったり……ああ!分かりました!アレですね、注射針をさして、ソレをストロー代わりに!あ…あれ?」  天崇さんが、ソファに突っ伏して苦しんでいる。 「て…天崇さん」 「まって……無理……今、無理」  天崇さんが爆笑している。 「結構良い方法だと思ったんだけどな……」 「でも、凄い……かっこ悪いよ……あー、お腹痛い……そんな姿見られるくらいなら吸わないよ、あはは」  天崇さんは、そう言うけど、結構可愛い気がするけどな。 「純粋な吸血コウモリは、もう少し犬歯が尖っているけど、結構痛いからね。今は食糧事情も良いし、血を吸わなくても十分生きていけるから、パートナーがちょっと切って怪我したときとかに吸ったり……吸血コウモリ獣人独特の進化で、吸血する際に、相手を酩酊させたり、催淫効果を与えられる様になってからは、もっぱら夜の営みの為に吸ったりするようになったよね。久々にやってみる?ノエの為に、財布にはコンドームとランセット入っているよ」 「ちょっと……まっ」  起き上がった天崇さんは、私を抱き寄せて首筋に顔を寄せた。 「ほら、思い出してよ……ノエ、好きだったでしょ、俺とのセックス……」  チュッと首筋にキスをされて、体に震えが走った。 「覚えてません!!それは……申し訳無いですけど……でも……私…」  天崇さんの広い肩を掴んで、押し返すと意外とあっさり彼の体が離れた。  でも、その綺麗な瞳は強く私を捕らえて放さない。 「あの狼のことが気になってるの?駄目だよ、ノエ。君には俺が必要だ。俺を手放さないで……」  私の手が強く握られた。  胸が痛い。 (やっぱり、私のこの気持ちは、罪なのかな……) 「……天崇さん」 「すぐに前みたいに俺を愛して欲しいとは思ってない、ただ……ノエは、今は環境が劇的に変化したり、事件に巻き込まれたりして、正常な判断が出来無い状態だから、今の一時的な感情に流されないで……ね」  天崇さんが優しく微笑んだ。  私は、頭と心に霧が掛かったように感じた。  天崇さんの言っていることは、確かにそうかもしれないけど……そうじゃないと叫びたい自分がいる。  でも、駄目だ。ソウンさんの事が好きになったからって、こんなに思ってくれている恋人を裏切っては……きっと、駄目だよね。 (私は天崇さんを好きにならないと……)
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