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いざという時
門から走り出ると、そこには不審な黒の大型ワゴン車が停車していた。
「ジーパンさん⁉」
腕が前で縛られたジーパンさんは、三人の男に前後左右を囲まれ、車に押し込まれる直前だった。男達は、黒ずくめの服装で、黒いニット帽を被り、マスクをつけている。いかにも、強盗などをしそうなスタイルだ。
「戻れ!」
私と目が合ったジーパンさんは、目を見開いて叫んだ。ジーパンさんを連れ去ろうとする男の一人が、ニヤリと笑い此方に向かって一歩踏み出すと、ジーパンさんが暴れ出した。
「大人しくしろ!」
暴れ出したジーパンさんは、二人がかりで無理矢理、車に押し込まれている。
男の一人が私の方へ向かって歩き出した。
どうしよう、淀川という人の手先だよね⁉
「しゃ……社長! 剛健社長!」
自分で戦ってジーパンさんを救出できる気が全くしない。何故か剛健社長が負ける姿も想像が出来ない。これは時間を稼ぐのが一番なのでは? と思いつき叫んだ。
「くそっ」
私に向かってきた男が駆け出した。それを号令に、私の固まっていた足も動き出し、後ろを振り向いて走り出した。すると、そこには、ビーバーのポンさんが居た。ポンさんは、小さめの自転車に跨がっている。顔が驚きに染まっている。
「どういう状況だ、なりゆき!」
「誘拐、され、そうでーす」
「こっち来るな、疫病神!」
「ポンさん! 今、今が、いざという時です! ポンして!」
「黙れ、ボケ!」
ポンさんは、そう言いながらも、全速力で自転車を漕ぎだした。そして、私を追い越して男に向かって、つっこみ、投げ飛ばされた。
「ポンさーーん!」
足を止めて振り返ると、ポンさんは、ゴロゴロとアスファルトを転がっていた。
ポンさんに何てことを!
「ポンさんの仇!」
「し、死んでねぇ……あほ……逃げろ」
闘争心に駆り立てられて、拳を握り男へと向かっていったけれど、私のパンチは躱された。
「あっ……ああ……」
そして、そのまま小脇に担がれた。座席に投げ捨てられ、男も車に乗り込むと、ピピッと音がしてドアが閉まり始めた。
起き上がったポンさんが、此方に向かって走り始めたけれど、びっくりするくらい……ポンさんの足は遅かった。そういえば、ビーバーって、水中のイメージがある事を、ふと思い出した。
「ポンさん! 無理しないで!」
私は起き上がり、車の後部へと目をやった。
「社長⁉」
丁度、家から走り出てきた剛健社長に、ポンさんが此方を指さしながら叫んでいる。社長はお風呂の途中で駆けつけてくれたのか、パンツ一丁だ。
目に付いたポンさんの自転車を手にすると、ライドオンして全速力で漕ぎだした。その背中にはポンさんも乗っている。
「嘘っ……」
私の呟きに、グルグル巻きにロープで縛られたジーパンさんも、後ろを振り返った。
「……」
チラリと前を見て車の速度計を見たけれど、この車は今、大通りに入り、時速八十キロで走っている。その車に、負けず劣らず、社長の自転車が追いかけてくる。周囲の人達が剛健社長を指さして大騒ぎしている。
「何なんだ……あのゴリラ。おい、もっとスピード出せ」
私を捕まえた男が運転手に言った。
車がスピードを上げ、社長を引き離したけど、信号などで止まる度に社長の自転車がまた姿を現した。
な、何だろう。感動して泣けてくる。
社長……本当に良い人すぎる! 私、一生、あの会社で働く!
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