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帰って来る
「捲いたか?」
「多分な……」
あれから車は、三十分は走った。剛健社長の自転車はもうすっかり見えなくなってしまった。
内心、私はほっとしていた。
でも、これから私とジーパンさんはどうなってしまうのだろうか。
ちらりと、隣のジーパンさんを見上げると、ジーパンさんは黙って前を見据えていた。少しも焦っているような様子はない。私も此処でジタバタしても仕方ない、腹をくくった。口を引き結んで目線だけ外へ向けた。
すると、何となく見覚えがあるな、と感じた。
「……」
動揺で視線が揺れていると、ジーパンさんの肘が私にちょっと当たった。彼の目をみると、どうした? と聞かれているようだった。
私は、慌てて首を振って笑顔を作った。
それから車は、山道を登り始めた。いよいよデジャブが現実味を帯びてきた。
私は、この道を知っている。きっと、この先には知っている場所がある。
失った記憶がズクズクと頭を刺激している。ジーパンさんの心配そうな目が私から離れない。
「もうすぐ到着だ」
助手席に座った男がマスクを取って捨てた。私達を振り返ると、意地の悪そうな顔で笑っている。
「着いたら、チンパンジーは蜂の巣。お前、人間の女は俺達の部品として飼われることになる」
「おい、余計な話をするな」
運転席の男が釘を刺した。
「別に良いだろう」
「……部品?」
思わず反応して聞き返すと、男は嬉々として話始めた。
「ああ、俺達はお前の交換部品とし作られた。でも、これからは、役割交代だ」
男の顔は、興奮に彩られていた。まるで、虐げられていた相手に、復讐でもしているようだ。
「私の……交換部品?」
「あの悪魔の研究者、井塚は、人間に取り憑かれた男だった。軍の駒を作る傍らで、手に入れた、たった一つの人間の受精卵の為に、輸血も臓器も提供できるように、遺伝子を弄りまくったキメラを沢山作った。俺達も天崇も、その成功品だ」
「……」
夢で見た、天崇さんを思い出した。「俺は、お前のものじゃない」それって、こういう背景があったんだ。
同じ施設で育ったって聞いたけど、同じ施設で作られたって事だろうか。
そういえば……天崇さん以外にも、ボンヤリと白衣のオジさんの姿が思い浮かぶ。
「研究所は、そのチンパンジーが脱走して、博士も研究員も皆殺しにされて、今は使われてないが、ほとぼりが冷めてから、お前と天崇で住んでいたんだろ? 最近、調査に行った淀川の部下が殺されたらしいぞ」
「……」
脱走、皆殺し……住んでた。
男が語るストーリーに、頭の中がザワザワする。
「これから、研究所ごとチンパンジーも、天崇も破棄される」
「天崇さんも……」
「そうだ。見せてやろうか? アイツが無残に殺される所を」
男は、声を上げて笑った。運転席の男も、鼻で笑っている。
ソウンさん達の計画は何処まで進んでいるのだろう? もう告発する手はずは整ったのだろうか。
「ほら、着いたぞ」
車が止まった場所は、高い木々が鬱蒼と生い茂った所だった。昼間だというのに、薄暗い。窓の外には、廃墟となった病院みたいな建物と、古ぼけた一軒家が建っていた。
「……あっ」
胸がぎゅっと痛んだ。いや、胸というよりも心が開かれて痛かった。
そうだった。私、此処に住んでた。
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