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対峙
そうだった、私と天崇は、恋人なんかじゃ無かった。でも、なんか……いかにも天崇らしい。言うよね。天崇なら、これ幸いと恋人を名乗るよね。
「おい……大丈夫か?」
「あっ……何でもないです」
心配してくれたジーパンさんに笑って首を振った。
「おい、降りろ」
車のドアが開かれて、引きずり出されるように、降ろされた。
車外に出ると、そこには軍人さんが規則正しく横一列に並んでいた。その右端は、ソウンさんで、隣には宇田さん。そのお隣は見覚えのある熊……の完全獣体の軍人さんだった。
「……」
ソウンさんは私を見ているけれど、いつもと顔つきが違う。険しい表情だ。
「ターゲットと、人間を捕獲して来た。大佐を呼んでこい」
命令に従い、一人の軍人が列から離れ、離れた場所に停車している黒塗りの車へと向かった。
私は、目を泳がせてソウンさん、宇田さん、ジーパンさんを見た。
多分、ソウンさん達はスパイ状態だから、知り合いな雰囲気は出しちゃ駄目なんだよね。
此処は、演技をするべきかと思った。
「私達を、どうするつもりなんですか?」
下手くそな演技を見抜かれたらどうしよう、そんな不安で手はソワソワ動くし、声が震えた。結果的に、良い感じに哀れな奴に見えるかも知れない。
「っ!」
ソウンさんは、鋭い目を見開いて、口を硬く引き結び、体が硬直したのが分かった。宇田さんの目線が、斜め上の空を見上げた。
「ど……」
「黙ってろ!」
ソウンさんが何かを言いかけると、車から降りてきた男が、私の背を押した。
「きゃあ……」
私が地面に膝を着いて倒れ込むと、周囲がザワついた。
なんだか、ソウンさんの方から、凄いプレッシャーみたいな、冷気が?
気がつくと、宇田さんがソウンさんの足を思いっきり踏みつけている。
「遅かったな」
嗄れた声がする方を見ると、初老の男が此方に歩いてきていた。軍の制服には、勲章がたくさんついていて、偉そうな感じがした。
「大佐」
私達を攫ってきた三人の男達が、一斉に頭を下げた。ソウンさんの部下達は敬礼している。
ソウンさんは、何故か私に釘付けで敬礼していない。だ、大丈夫なのかな?
「捕獲の際に、変なゴリラが追いかけて来たので……」
「……まぁ、良い」
大佐と呼ばれた男は、不機嫌な顔でジーパンさんを睨んでいた。ジーパンさんも大佐を刺すように見ている。
「やっと、脱走した猿を捕まえられた」
大佐の口角が右だけ上がった。
「……」
ジーパンさんの歯が噛みしめられた音がした。
「知って居るか? 人間に害をなした動物は殺処分されるんだぞ」
歩み寄ってきた大佐は、足を上げるとジーパンさんを蹴りつけた。
「あっ!」
ジーパンさんは、ビクともしなかったけど、私は痛みを想像して思わず目を瞑り、倒れたままだった姿勢から起き上がった。大佐は更にジーパンさんを蹴りつけた。
「駄目!」
相変わらず、ジーパンさんは何でも無いように立っていたけれど、怪我が治ったばかりなのにと……心配で、大佐を止めたくて近寄ろうとした。
「邪魔するな」
後ろから男に腕を掴まれた。
宇田さんの方から、咳払いが聞こえてチラリと見ると、宇田さんがソウンさんの腕を掴んでいた。いつの間にか熊獣人さんも移動して、二人がソウンさんの足を踏んでいる。
「俺を殺したところで、お前は助からない」
ジーパンさんが、大佐に向かって言った台詞は、大佐を激高させた。
「ふざけた事を!」
大佐は、怒りに支配され、子供の癇癪のようにジーパンさんを暴行し始めた。
「い……いや! やめて!」
見ていられなくて止めに入りたいけれど、男の掴んだ腕が振り払えない。ジーパンさんは、声一つあげずに、大佐を睨み付け続けた。血が飛び、肉を叩く嫌な音がする。
こういうの、前にも……見た気がする。
私は、血の気が引いて、倒れ込みそうになった所を、誰かの腕に支えられた。
仰ぎ見ると、いつの間にかソウンさんが近づいて来ていた。
「こっちの女性は私達が監視していますね」
ソウンさんの後ろから、宇田さんが男に向かってペコペコと頭を下げた。すると男は納得したのか、私の腕を振り払い、ソウンさんに押しつけた。
「……」
私の体は、ソウンさんにギュッと抱きしめられて、私は焦った。
今、こんなことしてて怪しまれないだろうか。それに、何とかジーパンさんを助けられないのか、ソウンさんを見上げて、ジーパンさんの方を小さく指さすと、彼は、興味なさそうに頷いて、鋭い目線で大佐がやって来た車の方を見た。
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