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 車からは、腕に手錠が掛かった天崇が出てきた。 「大佐、そのチンパンジー、まだ殺さない方がお得かもしれませんよ」  天崇は、掌を上に向け、やれやれといった表情でこちらに歩いてきた。  凄く、胡散臭い。  そもそも、どうして捕まったのだろう。  天崇は、凄く警戒心が強くて、周囲の変化に機敏に気がつく。彼の事を思い出した今となっては、天崇へ対する心配など殆ど生まれず、あぁ……きっと、何か企んでいるんだろうな、と思ってしまう。 「どう言う意味だ。お前が先に死ぬか?」  大佐は、暴れすぎて息が切れている。 「いやいや、勘弁してくださいよ。恐ろしい。ただ、まだ仲間も一杯いそうだし、仲間をおびき出すような動画とか何本か撮ってから殺したらどうですか? ほら、日付を偽装するような映り込み入れておけば、馬鹿な奴らは死んでても騙されますよ」    この非道な提案は、きっとこの状況を打破する作戦だと信じたい。でも、天崇なら面白半分で言いかねない。私は、不信感たっぷりな視線を彼に送り続けた。そこには、今日まで私を騙し続けた不満も籠もっている。天崇の事を、天崇さんなんて呼んで、キラキラした目で見つめて居た自分が、とても恥ずかしい。 「何を企んでいる?」 「それは、もちろん、自らの保身ですよ。ほら、俺って利用価値あるでしょって」  ね、と天崇が小首を傾げている。 「……意見だけ採用しよう。だが、お前も今日殺す」 「えぇ~、とっても優秀だよ」 「おい、そいつも、この猿も研究所の中に運べ」  大佐の指示を受けて、場が動き出す。  ソウンさんが部下に、二台の車を停車し直すように指示している。  私たちを拉致してきた男三人が、ジーパンさんを乱暴に研究所へと連行していく。その後ろから大佐と天崇さんが付いて行った。 「後は周囲の警備をしていろ」  ソウンさんの部下が、返事をして散り散りに走り出した。私は宇田さんの後に続き、ソウンさんに肩を抱かれて歩き出す。  研究所の中開の鉄のドアが開いて、ジーパンさんが男達に蹴り込まれた。  ケラケラ笑いながら、男達が続いて入り、大佐がドアを潜ると、声が上がった。 「何だ⁉」  驚いて上を見上げている大佐の背中を蹴った天崇さんが、ドアを閉めて鍵を掛けた。手錠は、いつの間にか外されていて右手首にぶら下がっている。 「え? ど……どういう……」  驚いて目を見開いていると、中から騒がしい声や音が聞こえてきた。すかさず、ソウンさんが私の耳を塞いだ。でも、今の……絶対悲鳴とか銃声とか、重い金属音とか……とにかく物騒な物音だった。それも、多分、男達と大佐の声だ。 「ソ、ソウンさん!」  後ろから耳を塞いでくるソウンさんを振り返ったら、抱き上げられた。ソウンさんがスタスタと歩いて研究所から離れて行く。 「ちょ……あ、あの! 一体何が起きてるんですか? ジーパンさんは⁉」 「心配ない。中には大佐に恨みを持つ、彼の仲間の完全獣体たちが居る」 「罠だったんだよ、ノエ。今頃……復讐ショーの真っ只中だよ」  天崇がニコニコ笑いながら言った。 「えっ……じゃあ、今、攫われてきたのも予定のウチってことですか?」 「いいや、君は家に居る予定だった」 「ん? え?」  私が、ソウンさんの腕の中で動くと、そっと下ろされた。 「な……何で教えてくれないんですか!」  その作戦に賛同したかは置いておいて、ポンさんと剛健社長は一体何の為に……申し訳なさが募る。 「……すまない」  ソウンさんが謝り、彼の腕が私の周りを彷徨った。すると、天崇がその腕をはたき落として、私の肩を抱いた。 「だって、ノエが危ない目にあったら嫌だから秘密にしといたのに、なんか間が悪かったねぇ、ごめんね」  甘い笑顔を近づけてくる天崇のおでこを、思いっきり押した。 「ノ……ノエ?」 「天崇の馬鹿! いつも肝心なこと何も言わないで、適当ばっかり」 「あ……あれ? ノエ、まさか……記憶……」  天崇が気まずそうに、美しいもみあげを指で掻いて明後日の方を向いた。 「思い出したのか?」  ソウンさんが一歩乗り出した。 「大体、思い出しました。でも……何で記憶が無くなったのかは……」 「あー‼ あー、そこは思い出さない方が良いかも! ちょっとまぁ、何て言うか、俺のせい?」 「……何、したの?」  つい、ジトッとした目で天崇を睨んでしまう。 「いやぁ、淀川の手先にノエが襲われそうになって……つい、ね。ねー、狼!」  何故か、はっとしたソウンさんが「忘れた方が良いこともある」と真剣に言いだした。 「それより、ほら、俺達が夫婦だったことは思い出した?」 「何で、恋人の嘘より盛ってくるの!」  私の叫びに、ソウンさんの体がビクッと動いた。 「えー、もう内縁の妻とか、そういう感じあったでしょ?」 「一切、ありませんでした! 天崇が変な嘘つくせいで……私がどれだけ……」  ソウンさんへの恋心で悩んだことか。言いかけて押し黙った。 「ノエ? どうした?」  ソウンさんが私の顔を覗き込んだ。 「なんでもありません……それより、天崇! 剛健社長とポンさんに連絡しないと……」  今でも心配して探し回ってくれているかもしれない。 「多分、そろそろ来るんじゃない? そこの研究所を戦いやすいように改造頼んだの剛健社長とビーバーの所だから。詳細は言ってないけど、そのうち、ピンと来てくるよ」 「そうなの⁉」 「噂をすればですね」  少し離れた所にいる宇田さんが言った。 「なりゆきーーー」 「このクソ疫病神!」  小さな自転車に跨がった、パンツ一丁のゴリラ獣人と、彼の首にしがみついているビーバー獣人が、驚異的な速度で此方に向かってきている。 「……社長……ポンさん……」  二人の乗るママチャリの自転車の籠は、ベコベコに凹み、タイヤは歪み、体は草や木の枝がついている。私の目が、沸き起こる感動で濡らされた。 「社長! ポンさん!」  思わず走り寄って彼らに抱きつこうとしたけれど、右手をソウンさん、左手を天崇に掴まれて止められた。 「放してください!」  先ほどの男達の手はビクともしなかったけれど、彼らの手は渋々離れて行った。  改めて、私は走り出した。両腕を広げて、この感動を分かち合いハグするために。  しかし、彼らは自転車から降りて、左右に逃げた。投げ出された自転車の車輪が虚しく回っている。 「何でですか! ここは熱い友情のハグじゃないんですか⁉」 「ふざけろ、テメー! 本当に人騒がせな女だな! 俺がどれだけ社会的名誉を失って、こんな格好でチャリ漕いだか!」 「まったくだぜ!」  二人は、私を指さし、グチグチと文句を言い続けた。  でも、私は、何だか嬉しくてボロボロ泣きながら「有り金、全部出して貢いで下さいね」と冗談を言った。 「死ね!」 「もう、テメーには関わらねぇからな」  二人は、悪態をつきながらも、笑っていた。  これで、あとはジーパンさんが、無事に戻ってきてくれれば……私は研究所を振り返った。  研究所は、不気味なくらい静かになっていた。
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