一件落着

1/1

83人が本棚に入れています
本棚に追加
/55ページ

一件落着

   程なくして、ジーパンさんが研究所から出てきた。  さっき着ていた血だらけの服は、用意されていたかのようなワイシャツとスラックスに着替えられていた。 「ジーパンさん!」  駆け寄ると、彼の表情は、憑きものが落ちたように穏やかになっていた。数日間、一緒に過ごしたから、分かる。彼は、今……とても、穏やかな気持ちなんだろうって。  つまり、大きな目的を達したって事で……。  私は、ジーパンさんの手を見下ろした。毛に覆われた手は、傷だらけだった。 「……あっちへ行け」  ジーパンさんは、自分の手を後ろに回して私の前を通り過ぎようとした。 「お前には、感謝している」  ぼそっと口にしたジーパンさんの言葉に、胸がぎゅっとなった。  彼は、目的を達したら、自首するって話だった。恐らく、逃げるつもりなんて無いのだろう。 「ジーパンさん!」  ジーパンさんの手を掴んだら、彼は、ビックリした顔で振り返って、私の手を振り払った。 「ノエ、野暮な事は言わない方が良いよ」  天崇が、後ろから私に忠告した。分かってる。どんな理由があろうと、彼は人を殺したわけだし、ジーパンさんは、この結末に満足している。  ただ、心配で仕方なかった。このまま闇に葬られるように消えてしまったりしないか。本当に、正しく、この世の司法に裁かれるのか。 「ジーパンさんが出所したら、私から受けた恩を返しに来て下さい。私が拾わなかったら、ジーパンさん死んでたかも知れないですし、貰った、このヘアピンじゃ割に合いませんから!」  頭につけたヘアピンを指さして言った。 「お前、ソイツを運んだのも匿ったのも俺だし、治療したのはコウモリ野郎だし、ここまでお膳立てしたのは、狼たちだろう……てめぇ、殆ど何もしてないじゃねぇか」  剛健社長が、ちゃんと律儀に突っ込んでくれた。嬉しい。私達、結構良いコンビになれる気がする。思わず満面の笑顔で微笑んでしまった。 「凄腕の恋愛詐欺師ですから。カモを逃がしません」  ポンさんが、盛大なくしゃみをし、剛健社長は、両手を広げて呆れた顔をしている。 「出てきたら、今の社長みたいに身ぐるみ剥がしますからね」  パンツ一丁の社長を指さしたら、ジーパンさんが鼻で笑った。 「まぁ、なんつーか、あれだぜ。出てきたら戻って来い。ウチで死ぬまでこき使ってやる」  剛健社長が、ジーパンさんの肩を叩いた。 「淀川の不正や非人道的な行いは、世に告発される。この事件は世間の注目を浴びる。だから、この男は正しく裁かれるだろう」  ソウンさんが言った。 「その為に、俺も一杯証拠とか出したんだよ、ねl、偉いでしょ?」  天崇が肩を抱いてくるから、すっと離れた。 「では、行きましょうか」  宇田さんが、ジーパンさんを促し、ソウンさんと軍の車両に向かって歩き出した。彼らの背中を見送ってから、つい研究所の方を見てしまった。 「あの三人の男は、殺してないはずだよ。彼らには生きる価値があるからね。刑務所で一生飼って貰うんだ」  胡散臭いくらい美しく笑う天崇に、思わず遠い目をしてしまった。 「で、あの黒いバン借りてって良いか? 俺は帰る」 「私も帰ります!」 「えー、記憶戻ったんだし、また二人で暮らそう」 「おっ、やっと厄介払いできらぁ」 「できません。私と天崇は恋人同士じゃ無いです。私は就職し、立派に独り立ちしました。寮付きの剛健株式会社に! 私の今後の目標は、この会社を業界一に成長させることです!」 「おい、お前……会社乗っ取るつもりか」  戦く剛健社長を、ポンさんが笑っている。 「ご安心ください。ポンさんの恩も忘れてません。さぁ、これからバリバリ働きますよ!」 「いや、忘れろ」  ポンさんが引き気味でいうから 「私も、いざとなったら……」  握りしめた拳を、ポンと開いた。ポンさんは、目を瞑って天を仰いだ。
/55ページ

最初のコメントを投稿しよう!

83人が本棚に入れています
本棚に追加