アイ子とヒヒ美

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アイ子とヒヒ美

 平和な日常が戻ってきた。 色々やらせてください、そう願い出て、今まで以上の事務仕事などにも手を出し、忙しく働いて日常は充実しはじめた。 ソウンさんは、軍の方が忙しいみたいで、宿舎に寝泊まりしたり、夜遅かったりで、中々お会い出来ずにいた。 「……」  私は、非常に悶々としていた。  そう、一人で緊張し、悶えているのだ。  だって、天崇は恋人なんかじゃ無くて、ソウンさんは幸運にも私に好意を抱いてくれている。そして、言わずもがな、私もソウンさんに好意を抱いているのだ。  番だから、に引っかかった時期もあった。でも、よくよく考えれば、こんなにラッキーで都合の良い事は無い。だって、私の浅い知識ではあるが、どんなに理由があって惚れた者同士でも別れる事はあるのだ。漫画だって、ドラマだってそうだった。  あんな、素晴らしい男性の恋人に、一瞬でも、たったひと季節でもなれたら、私的には、大金星だ。思い出を胸に抱いて生きていくレベルの出来事だ。  もしも、そう……別れる時が来たら、剛健社長とポンさんを呼び出して、毎日くだを巻いてお酒を飲もう。きっと大爆笑しながら付き合ってくれるだろう。 「社長、男女のお付き合いはどう始めたら良いんですかね?」  雨風が強く、現場の仕事が流れ、今日は二人で事務仕事をしていた。昼になり、カップラーメンを啜りながら話を始めた。 「……知るか」 「そうですよねぇ、知らないですよね」 「……」  意外とつぶらな瞳が、私を睨んでいる。社長のバケツサイズのカップジャングルは、もう一口程度しか残っていない。 「でも、ちょっと考えてみてください。社長は、将来、凄く可愛い嫁にどう交際を迫る予定ですが?」  まだ見ぬ剛健社長の嫁は、妄想しすぎて段々と私の中でハッキリとした形になりつつある。 「どうって……てめぇ」 「アイ子ちゃん、推定二十三歳、介護職員ですよ。朗らかな笑顔と人に好かれる優しい性格。さぁ、どう迫るんですか!」 「誰だよ……」  非常に醒めた口調で言われてしまった。 「まさか……キャバクラナンバーワンの座を奪われた、男転がし上手のヒヒ美が本命でしたか?」 「……」  ぶんっと社長の使った割り箸が、私のカップ麺に投げ入れられた。 「きゃあ! 最低! 社長最低! もう食べられないじゃないですか!」  私は立ち上がり、目の前に座る社長のカップに、自分の中身を全部流し入れた。同じ味噌味だったから味的にはセーフに違いない。 「社長に聞いたのが間違いでした。でもなぁ、私あと、ポンさんしか友達居ないし、更紗先生はソウンさん陣営だから聞きにくしなぁ……」 「俺は、お前の友達かっ!」 「えー、駄目なんですか。私、ほら将来社長がヒヒ美と揉めても、ヒヒ美に社長の素晴らしさをちゃんと語りますよ。面倒見が良くて、男気があって、他の人には出せない抜群の包容力と頼りがいに溢れていて、なのに可愛いものが好きっていうギャップが良いし、とにかく優しいですもん。社長以上の良い漢見たこと無い! ヒヒ美は、世界一幸せな女性だよって言います」 「だから、誰なんだよ……ヒヒ美はよぉ」 「だから、社長の将来の嫁ですよ。まぁ、ヒヒ美は、社長にぞっこんラブですから、社長は立ってるだけで大丈夫だと思います。あーあ、良いですねモテる男は。もはや背中で惚れますもんね。私もソウンさんの、あの逞しいお背中を見ているだけで、胸がキュッとなります」  でへへ、とだらしなく笑う私に、剛健社長が白目を剥いてひいている。社長の椅子がくるりと回り、がっくりと大きな肩が落とされた。 「あっ! 背中に書いた文字当てゲームとかどうですか、好きって書くんです! わー、我ながら、すごい酷い! 恥ずかしくて死んじゃう」  私は顔面をデスクに沈めながら、社長の背中に「ゴリラ」と指で書いた。 「ぎょおお!」  社長の妙な叫び声に、私の体が震えた。 「社長、背中……弱いんですか?」  私は、目を猫のように丸くして意地悪く微笑んだ。 「そんなわけあるか、クソ」  社長が立ち上がり、私を向きあった。私は人差し指を突き出して、社長との間合いを詰めようと試みた。
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