手紙

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「あー」  大きく息を吐き出して、肩の力を抜いた。自分で思ってたより緊張していたみたいだ。視界の端に、丸められたラブレターが落ちている。  特に悲しさや不快な気持ちは沸かなかった。  ソレを拾い上げて、三メートルは離れたゴミ箱に投げた。 「えー」  入らなかった。もう一度、拾い上げ、今度はよく狙って、投げる。 「うそ!」  また入らなかった。我ながら酷い。  よし、と気合いを入れて投げ込んだそれは、壁に当たって、クルクルっと廊下の方へ転がった。 「ノエ、投げると同時に視線が関係無い所を見てしまっている」 「ソウンさん! お帰りなさい」 「ただいま」  久々にちゃんと会ったソウンさんに、私のテンションは急上昇した。相変わらず男性的な色気溢れるソウンさんは、玄関までフード付きの上着を着ていたのか、短めの前髪がしっとりと濡れている。 「的を最後まで見れば……入る」  ソウンさんは、リュックを床に置きながら、取り出したレシートを丸めて投げた。トン、と完璧な軌道を描いたレシートがゴミ箱に収まる。 「さすがです」  私がパチパチと手を叩いていると、ソウンさんが私の手紙を拾ってゴミ箱に入れてくれた。 「手紙?」  テーブルの上のレターセットを見たソウンさんが、私の方をチラッと見た。その目は鋭く、誰にだと尋問されている気がした。私は、ははは、と乾いた笑いを浮かべながら、隠すようにゴミ箱の前に立った。 「……」  ソウンさんの手が、手紙の封筒の方を取った。 「あっ……」  そこには、もうソウンさんへ、と書いてある。 「ノエ、そこをどいてくれないか」  怖いくらい真剣な顔をしたソウンさんに、私はブンブン首を振った。なんだか、今更みられるのは凄く恥ずかしい。今日は戦意を喪失した。この恋愛問題は明日へ持ち越したい。 「それは、見られると不都合な内容なのか」  ソウンさんの足が一歩前に出た。 「えっと……その……」  私は追い詰められた獲物のように、目が泳ぐ。ソウンさんが此方に歩き始めたので、私は、慌ててゴミ箱から手紙を拾い上げて、走った。 「ノエ!」 「大した物ではありません!」  自室に逃げ込もうと、階段を目指した。 「なら、見せてくれ」  私の足は、いつしか宙に浮いた。そう、後ろから抱き上げられた子供のように。  右腕で私を拘束し持ち上げたソウンさんは、左手で私の手紙を取り上げた。 「ああ! かっ、返してください!」  恥ずかしさで死ねる。 「分かりました! 開かないで、口で言います!」  私の叫びで、ソウンさんの拘束が緩んだので、腕から出て、改めて向き合った。  がっしりとした、背の高い逆三角形の体。見る者を怯ませる狼獣人らしい眼光。強者としての圧倒的な存在感。つい圧倒されて、あー、えーっと、と尻込みをしてしまう。 「ノエ、この手紙の内容がなんであれ、俺も君に伝えたい事がある」 「……」  ソウンさんの声は、低くて重い。それが耳を支配されるようで心地良い。  思わずうっとりしてしまう。  ソウンさんは、手紙をチェストの上に、そっと置いた。そして、私の小指に填まる指輪を抜くと、それは乱暴に置かれた。 「俺は、君と寄り添って生きていきたい」  大切そうに、優しく両手をとられた。ソウンさんの大きな掌の上に、私の手がちょこんとのっかっている。 「恋人として、夫婦として共に過ごしてくれないか?」  ソウンさんの精悍なお顔がよく見えない。目からポロポロ涙が降る。  泣き出した私に、ソウンさんは何を思ったのか、彼の手に力が入って、ちょっと手が痛い。 「こ、こちらこそ……よろしく、お願いします」  泣きながら笑って答えると、ものすごい勢いで抱き寄せられた。 「ソ……ソウンさん」 「……ノエ」  苦しいくらいに抱きしめられ、ソウンさんの匂いと温もりに満たされる。 「ノエ……あの仕事は……」 「辞めません」  腕の中で首を振った。ソウンさんの顎が私の頭に、がっくりと降ってきた。 「せめて、この家を出よう、今にでも」 「ジーパンさんが帰ってきたら」 「勘弁してくれ。あいつの刑期は、どんなに弁護士が頑張っても八年は下らない」 肩を掴まれて体を離されたら、ソウンさんは凄く恐ろしい形相だった。 「でも、私……結構このお家気に入ってます」 「狼獣人は、基本的に……お互いを支配したがるし共依存する。番に、他人が介在するのが耐えられない。同じ敷地に他の男が存在するなんて、地獄だ」 「ソ……ソウンさん、ちょっと……怖い」 「特に君は人間という、とても儚い存在だ。巣穴から一歩も出て欲しくないのが本音だ」 「えっと……」  圧が、ソウンさんの圧が強い。思わず目を逸らしてしまう。 「君が必要な物、欲しいものは、全て俺が用意した物であってほしい」 「いや……あの……それは流石に自由がないといいますか……息苦しいと言いますか……」 「狼獣人の番の喧嘩は、大概が相手を束縛しようとすることが発端で、メスがオスに噛みついたり、殴る蹴るに至る。君の気に触れたら、そうしてくれ」 「バ、バイオレンス! その予定は、無いです! なんか、想像だと、こうハッピーなラブラブ、キュンが始まる予定なんです!」  ちょっと暗雲が立ちこめている気がして、寒気がした。 「そ、そうだ! 手紙、やっぱり読んで良いです」  私は、空気を変えようと、テーブルに手を伸ばして、丸められた手紙を引きのばした。広げて二つに裂いた手紙を合わせた。 「ソウンさんが好きです」  手紙を見せながら言葉にした。思わずヘラヘラ笑いながら彼を見上げてしまった。  すると、早急に口を塞がれた。 「んっ! んっ……ソ……うっ……」  喰らいつかれるようにキスをされて、息が出来ない。抱きしめられる腕が強すぎて、少しも身動きが取れない。 「んっ……あっ……い……いき……」  息が出来ない!  助けて欲しいと目を向けたら、嬉しそうに獲物を貪るような目をした肉食獣がそこに居た。悲鳴すらも飲み込まれた。  怖い。  本能的な恐ろしさと、支配される喜びや快感みたいな、理解できない何かで体が震えた。 「あっ……は……はぁはぁ」 「すまない、ノエ……止まらない」 「え……と、と……止まって下さい!」  私の叫びは、聞こえなかったのか、無視されたのか、床に押し倒され、ぐったりするまでキスは止まらなかった。  ちょっと、やっぱり……しばらくは、此処に住もう。  ソウンさんの箍が外れたら……怖すぎるから。
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