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ソウンさんの番(ツガイ)
エレベーターに乗り、ワンフロア上がって、ソウンさんのお部屋に着いた。
(同じマンションに住むとか……やっぱり絶対にお付き合いしてますよね?お二人は、もしかして喧嘩っぷるという、日常的に喧嘩をするカップルなのでは?)
チラリと見上げたソウンさんと目が合う。
(か…格好いい。それは、あんなセクシー美人ドクターと、お似合いですよ!)
「どうした?」
ソウンさんが私に尋ねながら、部屋のドアを開けた。部屋の空気が外に抜けて、一気にソウンさんの香りが周囲に広がる。
「良い匂い」
思わず小声で呟いてしまってから、恩義を受けた人様の彼に対して何という変態発言をしているのだと、慌てて口を塞いだ。
「すいません」
「……いや」
ぐっと唇を噛みしめたソウンさんが、私を抱えなおして部屋に入った。
更紗先生のお部屋と間取りは似ているのに、雰囲気が全然違った。
ソウンさんのお部屋には、インテリアが何もない。飾っているポスターもないし、小物もない。同じ軍服を着ている男性達との写真が数枚、そのまま画鋲で留まっているだけだった。
リビングのテーブルもファミリーくらいの大きさがあるのに、椅子が二脚しかないし、ソファは存在しない。
「何か飲むか?」
私を椅子に降ろしてくれたソウンさんが、キッチンへと歩き出すのを、ズボンのウエスト部分を掴んで止めた。驚いた顔のソウンさんが振り返った。
「あの!失礼ですがお金を貸してくれませんか!」
「ああ、いいぞ」
私の失礼極まりない申し出に、一切の躊躇を見せなかったソウンさんは、ズボンのポケットを漁り、札束をごっそり抜いて差し出した。その様子に驚愕した。
(更紗先生!大変です!貴方の彼氏さんは良い人過ぎて無一文になる可能性があります!えっ……ちょっとよくわかりませんが、軍隊の中佐さんというのは凄く儲かる職業なの!?でも、でも、いくら何でも無警戒すぎませんか?!自分で言ったんだけど)
「ちょっと……あの!そうなんですけど、そうじゃないんです!一回お金をしまってください」
私は、座ったまま頭を抱えた。
「どうした?足りないのか?そもそも、君は金銭について記憶があるのか?カードにするか?」
「ソウンさん!」
なおも財布をイジる手をガシッと掴んで、財布をとりあげてテーブルに置いた。
「なんだ?」
「まず、お金が必要な理由なんですけど。ソウンさんは、更紗先生とお付き合いしてらっしゃいますよね?」
「いや」
ソウンさんが真顔で首を振った。
「え?でも……同じマンションですし」
「ここは、軍の施設から近い、アイツの病院もすぐソコだ。セキュリティと価格、利便性を考えたら偶然同じだっただけだ。俺はアイツに個人的な興味を一切持ち得ていない。アイツもだ。アイツの雄にあった事があるが、常に年下の童顔な男だ。女だったこともある。君は気をつけなければならない」
(アイツの雄、なんていうパワーワード!というか、更紗先生……女性も恋愛対象なんだ……うん、更紗先生なら女性でもって気持ち湧くかも……)
「おい」
「はい!」
「妙な勘違いはしないで欲しい。狼獣人は番にしか興味が無い」
「ツガイ?ソウンさんの、その番さんはどちらに?」
「……」
じっと目を見つめてくるソウンさんの目力が強い。
(えっ……つまり奥さんはお亡くなりに?その場合ってどうなの?お亡くなりになっているなら、私とソウンさんが同居する事に倫理的な問題は無い?そうなの?)
「あの……ご、ご愁傷様です」
「っぷ」
何故かソウンさんが笑った。
(ん?あっ……もう、時間が経って吹っ切れた感じですか?あっ!まさか……振られたの?こんなに素敵で優しいソウンさんが捨てられた方なの?し……信じられない。きっと更紗先生レベルのとんでもない美人だったのかな)
「あの……私がここに居たらまずいのでは無いかと思って、お金を貸して下さいと言ったんですけど……私は、ここでお世話になっても良いのでしょうか?」
「あぁ、そうでないなら連れてこない」
強面のソウンさんの硬い表情が、ふわっと優しいものに変わった。なんだか安心して、熱いものが込み上げてくる。我慢しようと思うのに、目に涙が溜まる。
(不安だった。自分の事もわからないし、獣人とか意味わかんないし……だから、ちょっと安心して……駄目、止まらないかも)
「……ノエ」
「すいません……ちょっと待ってください……今、泣き止みます」
(何か、面白いこととか思い出そう!って……個人的な記憶なにも出てこないよ!)
ドツボにはまって、更に涙が流れる。こんな恥ずかしい顔を人様に見せるわけにはいかないと両手で顔を覆った。
「……安心しろ、俺が出来る限り君のサポートをする」
指の隙間から、ソウンさんがしゃがみ込んだのが見えた。そして大きな手が私の前でさまよっている。ソウンさんの優しさが胸に響いて、余計に泣けてきた。
嗚咽してヒーヒー泣く私は、さぞ見苦しかったと思う。
鼻水でてくるし。
暫く手を彷徨わせたソウンさんが腕を伸ばして、まさか抱き寄せられる!?と思ったら、彼の手にはテッシュのボックスが掴まれていて「使え」と膝に置かれた。
呆然と顔を上げた私に、ソウンさんが言った。
「鼻が出ている、かむといい」
「ソ……ソウンさんの馬鹿!」
私のほんの1ミリ存在していた乙女心が、大変失礼な発言を引き出した。
でも、ソウンさんは怒ること無く、真面目に「すまない」と謝ってくれた。
(違うんです!!悪いのは100%私なんです!!)
こうして混沌とした夜が終わった。
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