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これ、風邪シロップみたいな味で飲みやすい…
意外すぎる毒の味に驚く。
すぐに空になった小瓶は、再び魔物の内ポケットへと仕舞われていった。
「私はお前から力任せに魔力を奪うこともできる。
だがそんなやり方では、お前の生命を脅かしかねない。
面倒だがこうするしかない。
魔力の搾取が済んだら、解毒してやろう。」
もう、なるべく苦しまずに終わることを祈るしかなかった。
最初は身体がフラフラするような、立ちくらみに似た症状に見舞われた。
それから徐々に、体に力が入らなくなっていった。
そんなぐでんぐでんになった体は、いつの間にか魔物の腕の中に収まっていた。
確かに先程魔物が言った通り、苦痛と言うほどの作用はなかった。
ただ。
(あれ…?なんか、眠い…)
不意に眠気が覆いかぶさってきた。
こんな状況でのんきに寝る訳にいかないと、睡魔に抗っていた時だった。
先程開口を催促した毛糸のようなもの達が、緩んだ唇の隙間からするすると侵入してきた。
「ッ!?!」
そして毛糸達は僕から魔力をじんわりと奪い始めたのだった。
最初は口内を未知の異物に弄られるおぞましさに、鳥肌がたった。
だがその不快感はすぐに塗り替えられてしまう。
毛糸が触れた所から生まれる、自分の魔力が流れ出ていく感覚に呑み込まれたからだ。
(ぇ…?なんでこんなに…気持ちいいんだ……?)
一粒の水滴。
それが壮麗な大河に合流できたら、こんな気持ちになるかもしれない。
大きなものに身を委ねられる安心感。
このまま自分がなくなってもいいから、その身の内に加えてほしい…
(これも毒薬の作用なのか…?)
そんな思考も微睡みと心地よさに甘く溶かされていった。
遠くで何かが途絶えた感覚があった。
それによって意識が浮上したが、眠すぎて瞼が開けられない。
そのままぼんやりしていると、魔物が解毒剤だと言ってハーブティーに似た味の液体を飲ませてきた。
(カモミールに似てる…?)
少しするとあの立ちくらみに近い感覚は薄れてきた。
まだ体に力が入りにくいが、指くらいなら自由に動かせる。
(あぁよかった…ちゃんと解毒してもらえるんだ……)
それに安堵して気が緩んだ僕はそのまま、眠りの淵へ落ちてしまった。
誰かに、髪をすくようにして頭を撫でられている。
その丁寧で柔らかい手つきは心地良く、このままずっと微睡んでいたい。
ただ、時折肌に触れる手は不思議なくらい冷たかった。
(……母さん…?)
いや、そんな訳はない。
魔術学校の生徒は魔力の暴走などの恐れから、学校の寮で生活している。
離れた場所で暮らす、母親の手であるはずがないのだ。
じゃあ、これは誰…?
違和感に目を開ける。
木組みの天井、白い手と灰色のローブに包まれた腕、その先には…
「!」
白緑の長い髪に、黄緑色の瞳。
自分に毒薬を飲ませ、魔力を奪った相手がそこにいた。
「ああ、目が覚めたか。
どうだ?体に違和感はないか?
まだ眠いか?」
魔物は僕の顔を覗き込みながら、慎重に問いかけてきた。
「…い、いえ、違和感はないです…
眠気もだいぶ良くなりました」
「そうか…」
そう言ってそっと僕の目元を撫でてから、白い手は離れていった。
(…というか、なんで頭を触ってたんだ?)
頭に手をやりながら、何か魔術でも使われたのだろうかとまず考えた。
だが魔力の流れは感じなかったし、痕跡も全く感じられない。
まあ目の前の魔物なら、人間に感知されずに魔術をかけられるだろうけど…
そんな風に考察する僕を魔物は不思議そうに見てきた。
「どうした?頭がおかしいのか?痛いのか?」
「い、いえ…なんでもないで」
言い切ろうとしたが、黄緑の瞳から疑うように見つめられ動揺した。
圧力は無くとも、どこか神聖さを感じさせる程美しい方にじっーと注視されるのは…堪えるものがあった。
「……あー、いや、そのただ…
なんで頭を触られてたのか疑問で…」
「ああ、あれか。
人間はああすると安眠できると調べたからだ。」
(???…なんでわざわざ人間を安眠させたいんだ?)
とてもそんな必要があるとは思えず、逆に深まった疑問。
それに。
(結構寝てた気がするけど、この魔物はその間ずっと撫でてたのか?)
それって地味に…
「あの、面倒だったのではないですか…?
そ、そんな事までしていただかなくても、解毒が終わったら放っておいてもらって、いいんですが…」
一方的に好き勝手された相手ではある。
でも殿上人のような高貴さを持つ魔物に、ずっと頭を撫でさせていたなんて…
と申し訳なくなったのだが。
「何を言っている。
お前は私の監視・生育対象なのだから管理、つまり世話を行うのは当然のことだ。
お前が何か…よ、余計な事を考える必要はないのだっ」
「え、ぇえ…?…」
家畜の世話みたいなものだから気にするなってことか…?
にしても、なんで急にどもったんだ?
今までの堂々とした淀みない物言いとの違いに、違和感を覚える。
(まさか、召喚契約を結ばせるための新手の手口とか…?)
ただどちらにせよ。
この恐縮させられる”お世話”に、僕は慣れるしかないようだった。
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