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自称・湿原の領主様の繊細な気遣いなのか、この亜空間にはちゃんと昼と夜があった。
時計も置いてあり、針の動きや時間体感は人間の世界と変わらない。
そんな亜空間での僕の一日は――
睡眠によって回復した魔力を、目覚めと共に限界まで奪われる…
わけではなく。
コトン
「冷めないうちに食べろ」
目玉焼きが乗ったトースト、レタスとトマトのサラダ、オニオンスープ。
「い、いただきます…」
キッチンでの朝食から始まるのだった。
朝食に限らず食事は毎日3食、かの魔物が用意してくれる。
そしてその賄い人はいつも、僕が食べる様子をどこかそわそわと監視してくる。
なんでだ?何か変なものでも入れているのか?
”ここで、お前から魔力を搾取することもできる”
あの発言から僕は、ギリギリまで魔力を奪われてはひたすら魔力回復に費やすという、家畜じみた毎日を想像していた。
(昨日の夜も、1/3位しか魔力を取られなかったな…)
しかし実際は、搾取は一日置きで就寝前の1回だけ。
奪われる魔力も万全な状態の半分にも満たず、一晩ぐっすり寝れば余裕で回復できる量だった。
さらになんと、食事や搾取以外は基本的に自由に過ごせるのだ。
(ストレスや生活の質が魔力に影響するからか?
いや魔力搾取は単に、本当の目的を隠すためのカモフラージュなのでは…?)
不釣り合いな高待遇を有難いと思うと同時に、困惑と疑惑も生まれていた。
「…………」
(とにかく、まずは情報が欲しい)
魔物の意図や、脱出の可能性を探るためにも。
そう行動指針を定めた僕は、亜空間内の探索を始めたのだった。
自室、キッチン、洗面所、トイレ、浴室、図書室、書斎、東屋、外の花畑…
有り余る自由時間を使って一日2~3か所ずつ、探索魔術なども使って丹念に調べていった。
(魔術は使えるけど、召喚や転移魔術に使う門は構築できないみたいだな…
まあ人間用じゃない召喚門は論外だし、僕の技術じゃ転移魔術での脱出も無理だけど)
そして連れてこられて8日目となった今日。
未探索場所は、広大な花畑の1/3程度を残すのみだった。
(どれ…今日も探索をしていくか…)
腰を上げた僕がまず向かうのはいつも図書室だ。
そこから数冊の本を借りていき、それを屋敷のあちこちで読む。
そうやって読書の合間の休憩に見せかけて、調査を行っていた。
(この程度の誤魔化しじゃ、探索行為はバレてそうだけど)
湿原の片隅で起きた、か弱い魔物の召喚事故まで把握していた程だ。
だが気休めだとしても、問い詰められた時の言い訳くらいは用意しておきたいのが卑小な人間の心情である。
(まあ人間を食い荒らしに行きたいなら、召喚師は門を開けるまで生かしておくだろうし)
特殊すぎる魔界由来の魔力しか持たない魔物達は、人間の世界に干渉できない。
召喚に応じた際に得た人間の魔力さえも、魔界に戻れば魔界の魔力にすぐ同質化してしまう。
(召喚門に引き込まれた時はもう魔界に門を繋いでたし、召喚に応じた対価だった僕の魔力も利用したんだろうな…)
だとしてもあれは力技だった。
やはり幻覚や意識のみの連行説の方が濃厚だろうか。
”お前の魔力は魔物からすれば、人間が認識している量の500倍はある”
ふと、例の疑わしい話を思い出した。
確かに自分の魔力が何か変な可能性はあるとは思う。だが500倍はガセだとしか思えなかった。
今まで魔力測定や検査を何度か受けてきたが、何か言われたこともない。
(本当だったらすごい事だろうけど…)
だが心配性な自分はきっと、興奮より恐ろしさを覚えるだろう。
”強すぎる薬は劇薬になる”
あの魔物もそんなことを言っていた。
「…………、」
(もしかして、一度に多く取ると副作用がある…?)
数回の搾取を経て自分は、毒薬の副作用であろう眠気に若干耐性がついたようだった。
昨夜なんとか目を開けていたところ、魔物が魔力の搾取後に少しぼーっとしている事に気づいた。
その様子に二回目に召喚した灰苔リスとその後のトラウマを思い出し、僕は思わず具合が悪いのかと声をかけたが…
(問題ないって言われたけど、数分はぼんやりしてたな…
1/3程度しか取らないのではなく、取れないとか…?)
もし、そうだとしたら。
それを何かに利用できないだろうか?
それこそ召喚契約の交渉材料にでも――
(いや、これは危険な考えだ。それに僕の魔力の話は嘘だろうし)
僕はすぐに危うい思考から離れようとしたが、微妙に失敗してしまう。
(召喚師側にあえて不利な条件をつけて、力量以上の魔物を制御する…って方法を本で見たような…)
図書室には召喚術に関する本もあった。
ただ本の内容は、あの魔物に都合良く改ざんされている可能性もある。
「………、…」
ただ、知識欲を満たすだけ。
本の内容も鵜呑みにはしないし、実践も考えない。
契約を結ぶなんて、自分の身に余る危険な行為は絶対にしない。
僕は今日のお供を召喚契約魔術の本にすることに決めた。
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