召喚術の授業は××な魔物と、 …過去を引きずる人のためのヒーリングストーリー…

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「では今日の課題は、初級の魔物達2種類を2体ずつ召喚することです。  種類は今までに召喚した4種類から、各自選んでもらって構いません。  注意点は……」 石造りの召喚室に板書する音と共に、先生の声が響いていた。 隅の方にいた僕からは、クラスメイト達の背がよく見えた。 「なぁ、y君はどの魔物にする?」 ふと、小声で左隣から問いかけられた。 「えっと、スライムは確定だけど、もう一体は迷ってるかな。ーー君は?」 僕は黒板を目で追いながら、小声で隣に返答した。 「俺は苔リスかなぁ。小動物が好きでさ。でもy君がスライムとはなんか意外だなぁ〜」 「そ、そうかな…?でもスライムって――」 理由を言おうとしたところで、違和感に気がついた。 自分がスライムを召喚した時、召喚室に自分以外の生徒はいなかった。 この初級2種2体の課題もやった覚えがあるが、その時も先生と2人だけの個別授業でだ。 (…え、なにこれ…?)   「どうかした?」 話していたクラスメイトが肩に手を置きながら、心配そうに尋ねてきた。 その反応に違和感は加速する。 (っぁ、あり得ない、僕は魔物を爆殺したサイコ野郎だと思われてるのに…) 「……、……っ……ッ"?」 そしてそういう異様さを認識するほど、何故か息が苦しくなっていった。 「…ぅッ”、…ぐ、かはッ…!」 苦しくて立っていられず蹲った時―― (!?!) 水から引き上げられたみたいに、僕は夢から醒めた。 というより、蔓で首をギリギリと締められて無理やり目覚めさせられた。 間近で獲物を覗き込む、紅い瞳の魔物に。 「ッ"!…う”、…ぁ”っ…」 苦痛に涙がせり上がり、耳元でドクドクと脈打つ音が響く。 熱を持った頭の芯は痛みを訴え始めていた。 (苦しい、痛い、嫌だ、苦しい、助けて、辛い、もうやめて…) 朦朧とした意識と滲んだ視界で見えたのは、ニタニタと笑う口元だけだった。 「!!…っゲホッゴホッ、ゴホッはぁ、はぁ…ッぅグッ!?」 唐突に首の蔓が緩められた。 だが今度は花の咲いた蔓が口へ突っ込まれ、再び毒を流し込まれた。 加減を知らずに注がれる毒液は口の端から次々とこぼれ、顎を伝い胸や腹までを汚した。 "ニゲルナ" そうしてまた僕は、夢へ突き落とされた。 夢の中は時間が自動的に進んでいくらしかった。 夢を見始めてしばらくはあの出来事が起きなかった夢を、魔物を殺した罪悪感や後悔のない、周りから白い目で見られることもない状況を楽しめた。 しかし僕は必ず違和感を見つけてしまうのだった。 そうして夢に懐疑心を抱くと魔物に伝わるのか、すかさず首を締められて現実に引き上げられた。 それから再びダラダラとこぼれるほど毒液を飲まされ、夢に送られる… "ニゲルナ" それを何度も何度も繰り返された。 (まるで溺れているみたいだ…) 花はそんな僕を飽きる事なく笑いながら見ていた。 徹底的に服従させるためなのか、ただ嬲りたいのか。 "ニゲルナ"と繰り返し告げる声音は、だんだん楽しげな響きを伴っていった。 「今日は寝付きが悪いようだな…」 そう言いながら親指で僕の目元をなぞった魔物は、白緑色の眉をひそめた。 その白い指は、ガラス細工にでも触れるような手つきだった。 魔力搾取は就寝前、自室として宛がわれた部屋のベットで行われている。 だから夜、不意に部屋にやってきた魔物に対し僕はまず警戒した。 今日は搾取なしの日のはずだったからだ。 (急に必要になったか、方針転換したとか!?) そしてそんな警戒対象はいきなり、ベットに横になっていた僕の隣に横たわった。 「っ!??」 何をするのかと身構えたが、魔物は僕の警戒など気にせず、白い手で僕の胸のあたりを優しくトントンしてきた。 「っぇ…?」 「?どうした?叩き加減が強かったか?それとも頭の方がいいか?」 「い、いえ…」 (こ…!これは、もしやあれか?僕は今、寝かしつけられているのか…!?) 思わずまじまじと、隣にいる魔物の顔を見上げてしまった。 「…フッ、なんだその顔は。  ほら、今はそう思い悩まずに眠れ。人間は睡眠が重要なのだろう?」 (ッ!?!、わ、笑った…) それは、子供達を見守る聖母のような微笑みだった。 その衝撃的な笑みに僕の目は見開かれ、驚いた心臓もドギマギと忙しなく動く。 この白緑の魔物は、姿は人とよく似ているが人間ほど表情は浮かべない。 無表情というよりは、表情が薄い感じだった。 人間ほどコミュニケーションを重視しない生き物だから、表情筋自体が人間ほど発達していないのかと思っていたが… (こんな柔らかい顔もできるんだ…) その面差しは演技にはとても見えなかった。 そもそも弱肉強食の世界に生きる魔物が、こんな表情をできるなんて思いもしなかった。   (どうして……?) 目の前の魔物は、弱い魔物達を踏み潰すのは仕方のないことだと語った。 人間だってそれと同程度の存在だろうに、なぜ僕にこんな顔を向けられる…? (…幻術の類だとした方が、よっぽど納得できるのに) でも、そうだったら少し。 ……悲しい。 心の奥底で呟かれた声は聞かなかったことにして、僕は眠りへと身を委ねた。
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