召喚術の授業は××な魔物と、 …過去を引きずる人のためのヒーリングストーリー…

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僕はそのまま浴室に連れていかれ、魔物に黙々と洗われた。 彼は怒っているのか機嫌が悪いようだったが、身体を洗う手は優しかった。 (僕に、怒ってるわけじゃない……?) 魔物は僕のことは手ずから丁寧に洗ったくせに、自分の汚れた服などは魔術で素早く取り替えていた。 それから僕の身体にできた擦り傷などに手当を施し寝間着を着せ、あてがわれた部屋まで運んでくれた。 サラ……、パラ…サラ…… ベッドに寝かされた僕の黒髪を確かめるように触る、白く美しい指。 だが指の持ち主は眉間にしわを寄せ、依然厳しい顔をしている。 汚れはすっかり落ちたというのに。 「何故、私を呼ばなかった」 髪を見つめたまま魔物がポツリと呟いた。 「え?」 「…最初の日に言っただろう。契約を結ぶ気がなくても、何かあれば呼べと」 (そういえば、そんなこと言われてたな…) ただ花達に襲われてからはいっぱいいっぱいで、全く思い至らなかった。 正直にそう打ち明けると、魔物は僕の目を覗き込んでガッチリと視線を絡ませた。 「いいか、もしまた何かあったら、次は必ず私を呼べ。  絶対に忘れるな…!!」 「は、はいぃぃっ」 念を押すように僕をギラリと睨みつけた後、ペリドットの瞳は視線を彷徨わせた。 「…お前が早く私を呼んでいれば…いや、私がもっと早く気づいたら、そもそもあの空間を外に作っていれば…」 そうこぼしていた魔物は僕の首元を見止めて、なぜか眉間のシワを深くした。 「お前をあんな目に遭わせることはなかったのに…」 魔物はそのまま僕の首を見つめながら、指先でそっとそこを撫で続けた。 表情は変わらず険しいままだが、先程よりは雰囲気が凪いだように見えなくもない。 だがその内側では重暗い感情が渦を巻いているのではないか、と僕は思った。 そう感じたのは、たぶん自分も似たような思いをした事があるせいだろう。 魔物の様子は、過去の自分を…安易に考えた結果、2度目の死の引き金を引いた自分を思い起こさせた。 ――この魔物は今、深く後悔している。   僕が酷い目に遭ったことに対して自責の念を抱き、心苦しく思っている これは間違っているかもしれないし、自分がただそう思いたいだけかもしれない。 魔物の方も単に管理体制の不備があったことを悔やんでいるか、僕の魔力の心配をしているだけかもしれない。 けれど。 ”力のない者は好き勝手に弄ばれ搾取されるのが、摂理” 自分自身でさえ、そうやって仕方のないことだと思おうとした温室での出来事。 それを多少なりとも憂いてくれる存在が、目の前にいた。 その事実に、僕は胸がいっぱいになってしまった。 契約を結ばせるための演出かもしれない、と理性は諌める。 それでも感情は溢れ出して、止まろうとしなかった。 「!? っお、おい、どうしたんだ?痛むのか?思い出して恐ろしくなったのかっ?!」 「…っだ、大丈夫です。なんでもな」 「ないわけ無いだろう。  …確か人間は触れ合うことで、不安や恐れを緩和したりするのだったな…」 そう言って魔物は、僕をゆっくりと抱きあげて寝台の少し奥へと横たえた。 そして今度は自分もベッドに潜り込む。 その行動に何度か寝かしつけられたことを思い出すが、今回はなんだか密着度が高い気がした。 不思議に思っていると、壮麗で気高い自称・領主様は次のように仰った。 「光栄に思えよ。人間風情が私を抱き枕にできることを」 しかも、ドヤぁという効果音まで背負っていそうな言い様である。 …こ、これはどう解釈しても、全人間風情が困惑必至な現象であった。 「え、あの、いや」 「ほら遠慮するな、私をコケにする気か。お前には休息が必要なのだから、早く眠れ。」 と魔物は自称・抱き枕のくせに、僕を抱きしめながら眠りを促した。 (お……こ、こんな風に抱きしめられるのなんて、いつぶりだろ…) 初等学校の2、3年生以来だろうか。滅多にない他人との密着具合に戸惑い緊張し、ついモゾモゾしてしまう。 しかも相手は自称・月桂樹の魔物であらせられるのだ。 こんな状態で寝れる訳がない… そう思っていたが、慣れるのは自分でも意外なほど早かった。 (…この人、なんか森みたいな香りがして、落ち着く…) 例の馴染みあるようなホッとする感じも、香り由来だったりするんだろうか…? そんなことを考えていると、フワフワとした眠気がやってきた。 しかもそいつは悪いことに、僕の遠慮や自制心を遠くへ追いやってしまう。 虫けらのように蹂躙された心と体の震えは、まだ止まっていなかった。 誰かに縋りつきたい欲をずっと訴えていた。 そしてとうとう僕はそれを抑えられなくなって、おずおずと枕に抱きついた。 すると応えるように背中に回った腕が揺れ、ひんやりとした手が優しく背をさすってくれた。 (木の、ゆりかごみたいだ……) 魔物の腕の中は、悔しいくらいに安心できる場所だった。 自然とせり上がってきた雫を隠すように、僕は彼の胸に顔をうずめた。 そして眠りへと沈み込んでいった。
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