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1年後―
「では各自、準備ができ次第召喚を行ってください。慌てなくていいですからね。」
先生は召喚してみせた魔物を送還した後、3年生達へ指示した。
(”首長鹿”、思ったより大きかったな…!発光する角も綺麗で…
あぁ、初級の魔物達のように仲良くしていただけるかな…!)
教科書を手にしながら僕は興奮と期待、それと少しばかりの不安にドキドキしていた。
今日の召喚術の授業は、初めての中級召喚の実践だ。
僕は早速、石の床に召喚用の魔方陣を描いていった。
おおっ…!!
その最中、唐突にどよめきが起こった。
だが僕が陣取っていた召喚室の隅からは、原因は遠くてよく見えない。
ただ、床に魔方陣を描いて召喚したにしては早すぎる。
おそらく、魔術の天才だと注目される生徒が先生の指示を無視して、魔術で作った門で召喚してみせたのだろう。
確かに魔方陣は魔術で作ることも出来る。
ただ中級召喚はこの3年生クラスでは今回が初めてだ。
だから今日は魔道具で描いた魔方陣で作る、安定した門を使うよう指示があった。
案の定、先生から安全を軽視した行動を咎める声が飛んだ。
「ねぇちょっと…あれってあの”魔物ボマー”だよね…?」
「っぅわ、本当だ。今期からは普通授業に復帰すんのか…大丈夫なのかよ?」
ふと耳を突いた、忌まわしい呼び名。
それは新たな魔物との交流を前にして浮足立っていた心に、冷や水を浴びせた。
同時にその蔑称は、一年前の出来事を思い起こさせた。
――魔方陣内に現れた半透明の蝶型魔物
初めての召喚。その青い羽ばたきに、言葉にできない感動を覚えた。
次の瞬間。
「っ、」
だめだ!今は思い出すな!
精神のゆらぎは、魔力の状態に影響を及ぼす。
今、門へ送る魔力を不安定にさせる訳にはいかない。
波立ってしまった心を落ち着かせるため、僕は深呼吸をくり返した。
「…フー……スー……」
(落ち着け、大丈夫…もう大丈夫なんだ…)
3回目以降の召喚ではなんの異変も起きなかった。もう両手では数え切れないほど召喚している。
魔力を安定させる事もかなり上達した。もうあんな事は起こらないはずだ。
いや、起こさないために出来る限りのことをしてきた。
もし仮に異変が起きても即、召喚を解除すればいい。そのためにあんなに練習しただろう?
「……フー…」
そして今は、万全の状態で召喚に臨む…それだけに集中すればいい。
(…召喚作業を再開しよう)
魔物の召喚には、魔物達のいる魔界とこちらの世界を結ぶ門を作る必要がある。
まずは門の土台となる魔方陣を描く。ここは初級召喚と大差ない内容だ。
次に門の大きさの設定。
召喚術では通常、召喚対象の種と数などをあらかじめ指定する。
だが誤って危険な魔物が召喚される事を防ぐため、門の大きさ、魔物の魔力量の上限などを設定しておく。
加えて枷の設定も絶対忘れてはいけない。召喚した魔物に好き勝手をさせないために、顕現と魔力・魔術の出力範囲に制限をかける。
ここまで出来たら、門を出現させる座標を設定する。
魔界、白緑湿原西部、どんぐり草群生地。
召喚対象は首長鹿。
先程先生が見せてくれた、発光する角を持つ鹿に似た魔物だ。
最後に教科書や板書を確認しながら、必要な調整等を行った。
(……よし、出来た)
設定漏れや綻びがないことも点検した。
ついでにさっと召喚室内を見渡すと、三分の一程度の生徒は召喚を始めているようだった。
(よしやるぞ)
慎重に魔力を流し込み、魔方陣を門に変える。
少しすると、魔界の設定した座標に門が繋がった。
すると即座に召喚に応じようと、魔物が魔界側の魔方陣に足を踏み入れた感触が伝わってきた…が。
――ブンッ
突然、門へ流れ込む魔力が激増した。
出来上がった門には、その状態を維持する程度の魔力しか送っていない。
僕自身は何もしていないはずだ。
門が、魔方陣が波打つ。
(っ! お、おかしいっ
でも!またあんな事を引き起こすわけにはいかない!!)
すぐさま召喚を打ち消すべく、僕は解消魔術を発動した。
だが。
――グンッ!
異様な引力が身体にかかると共に、視界が白緑色の光で塗りつぶされた。
そして。
僕は掃除機に吸われる埃のように、魔方陣の向こう側へ一瞬で吸い込まれたのだった。
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