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(…召喚、契約)
魔物の個と契約を結び、専属で召喚できる召喚契約魔術。
契約魔術は召喚に限らず利用される魔術で、契約行為に魔術的な拘束力を持たせるものだ。
リスク回避等に便利である一方、成立させるには双方の総合的なつり合い…力、意思、対価、ペナルティ等のバランスを取らなければいけない難点もあった。
召喚契約は人間社会での雇用契約に近い。
魔力と使役という対価を同等で差し出す性質上、一応「相手を対等な存在」として扱う契約と区分されている。
そんな召喚契約は通常、自分より格下か同レベルの魔物と結ぶ。
(最悪だ…)
おおむね予想通りだったが、僕はさらに頭を抱えるしかなかった。
あの魔力量と召喚門で逆に人間を引っ張り込む力技。
それらだけでも勘弁してほしいのに、男の言葉を信じるならば亜空間まで操るらしい。
果てしなく広がる、黄色い花畑…
相手はきっと埃を払うように容易く、僕の命も奪える存在だ。
(この魔物が相手ではどんな魔術の天才だって、いやそもそも人間がつり合いをとれるわけがない…)
そんな強大な魔物が下等生物の人間と、よりにもよって召喚契約を結びたい。
そんなの何か裏があるに決まってる。
大概はそう―――召喚契約の悪用
授業で習った召喚契約における禁忌と、格上の魔物と契約したために起こった惨劇が次々と蘇える。
(目的はなんだ?人間を食い荒らしに行きたいのか?でもなぜ僕だけ連れてきた?魔術の天才っていう生徒もいたのに?騙しやすそうだった?それとも実は他の人も連れ込んでて、順番にか手分けして交渉している?)
「…?…、…?……、」
僕は魔物の真意を探るため、まずなぜ自分なのかを尋ねた。
人智を超える存在に質問するのは心底恐ろしい。機嫌を損ねたら、即座に首を飛ばされるかもしれない。
しかし激しく危惧する理性とは裏腹に、僕の直感は何故かのほほんと背中を押したのだった。
魔物は僕の質問に、少し迷うそぶりを見せただけだった。
「自覚があった方がいいか…」
どうやら教えてくれるらしい。
だが魔物から語られた理由は、受け入れがたいものだった。
「お前の魔力は、魔物にとって特殊だ。
甘美であると同時に、力を与える特徴がある。」
「………………は?」
……………何を、
何を言ってるんだ、この魔物は…
(そんなこと、あるわけがない……ッ)
脳裏に一番最初と、その次に召喚した魔物達の姿がよぎる。
その悲惨な最後も。
「、ッ!………」
あんなことになったんだ。
毒になる、と言われた方がまだ納得できた。
否定を露わにした僕が言葉を発するより先に、魔物は静かに補足を添えた。
「強すぎる薬は劇薬になる…お前の魔力は魔物からすれば、人間が認識している量の500倍はある。
1年前にお前が召喚した劣弱な魔物らには、幽かでも身に余る力だった。
結果、召喚に応じた対価として得た過大な魔力に耐えきれず、身を滅ぼした。」
ガツンと頭を殴られたような衝撃が走った。
――対価として得た過大な魔力に耐えきれず…
(ぁ、だから、あんなに身体が膨らんで…)
"調査ではこれといった異常は見当たりませんでした。やはり突発的な現象だったのでしょう"
"召喚する側にアレを引き起こす要因があったとは考えられないな。魔力を送った先の魔界で偶発的に、ゆらぎが生じたとしか…"
先生方にはもちろん調査にあたった外部研究者の一部にも、僕は原因を尋ねて回った。
しかし誰も明確な答えを持ち合わせていなかった。
自分なりに似た事例や参考にできそうな文献を探したりもした。
3回目の召喚以降、問題なく召喚ができるようになっても調べ続けた。
(ただの学生が調べたって、自己満足でしかないだろうけど…)
そう思いながらも、僕は何かできることをし続けなければいけなかった。
あんなことを二度と起こさないために。
そして何より。
魔物を殺してしまった罪悪感から意識をそらし、自分の心を守るために。
でも結局、その答えを知ることはできなかった。
「…………」
追い求めてきた答え。
それがいきなり降ってきたことに気持ちが追いつかず、茫然とする。
そんな僕に魔物は高みから言葉を言い放った。
「気にすることはない。お前達の世界にも極小の生物がいるだろう?人間の目に入らない位のもの達が。
お前はそれらを気にしながら地を歩くか?
…潰したことを嘆いてもキリがないはずだ。」
「………、」
(気にすることはない、か…
確かに目の前の魔物からみればそうだろう、けど)
視界に入らないちっぽけな存在を踏み潰してしまうのは、仕方のないこと。
その言い様は、弱い魔物を見下している風ではなく”当たり前の事実を述べただけ”のように聞こえた。
(そしてこの魔物から見れば僕も、人間だって似たような存在だろうな)
”強い魔物ほど狡猾で人間を騙そうとする者も多く、とても危険な存在です”
授業で先生が言っていた警告。
一方で目の前の魔物は、こちらへの悪意や害意を全く感じさせなかった。
だがそれは気軽に刈り取れるものにただ、手を伸ばそうとしているだけだからだろう。
(この魔物の言葉を鵜呑みにするべきじゃないな)
僕の魔力が魔物にとって特殊だという話も疑ってかかった方がいい。
何か隠された思惑があると考えるべきだ。
「私はあの後すぐに、お前の魔力の特殊性に気付いた。
そしてここ1年ほど、他の魔物に横奪されぬよう監視していた。」
淡々としたその言葉で、僕は重要なことを思い出した。
(なら、3回目以降の召喚はどうして問題なく出来たんだ?)
原因調査のため教諭や外部研究者らの前で行った3回目の召喚から、自分は何事もなく魔物を召喚できるようになった。
(1、2回目と同じ魔物だって召喚した。僕の魔力が原因なら、同じようになっていたはず…)
やはりこの魔物は嘘をついている。
僕に言った内容とは違う目的のため、僕を騙して召喚契約を結ばせようとしている…
そうとしか思えなかった。
「話を召喚契約に戻すぞ。
私はこのままここで、お前から魔力を搾取することもできる。
だが契約を結んでいた方が有事の際などを考えると都合がいい。
だから、お前と召喚契約を結ぶ機が熟すのを待っていた。
……契約を結ぶ気はあるか?」
「……、」
僕の答えは魔物が話し終える前から決まっていた。
「…契約をしても、僕ではあなたを抑えることは出来ません。
だから契約を結ぶこともできないと思っています…」
”契約を結ぶまで、お前をここから帰すつもりはない”
魔物はそう言っていた。
つまり僕は、”帰れない”選択をした。
帰れない。
ここで、魔界で、魔物に魔力を搾取されながら生きていく…
「………」
家族にも会えなくなる。
色々な事を、無理やり諦めなければいけなくなる。
想像した冷たく暗い未来に怖気づき、息が乱れ手が震えた。
「っ”!……っ、…ッ」
こんな選択、本当はしたくない。
魔物の言う通り本当に僕の魔力が特殊でそれだけが狙いなら、僕が恐れている悲劇は起きない可能性だってある。
「…、……………。」
ダメだ。
呼吸を深くし、動揺した息と心を宥める。
感情に流されてはいけない。自分の都合のいいように考えてはいけない。
甘い考えを握りつぶすように、拳に力を込めた。
”格上の魔物と召喚契約を結んだ結果起こる被害は甚大です”
諦めるんだ。諦めて、受け入れるしかない。
火の海と化した国、魔物が跋扈する都市、一飲みに食われていく人間、魔力や精魂を根こそぎ奪われた屍の山…
自分一人の命で到底贖えない災厄。
それを引き起こす可能性が少しでもあるなら、僕がすべき選択は一つしかないだろう。
(仕方ないんだ…これは、どうしようもない事なんだ)
僕は知っていたじゃないか、どうしようもない事が降りかかることを。
だから決めてたじゃないか、その時が来たら家族や周りにできるだけ迷惑をかけないようにしようって。
そのためにはまず、どれだけ辛くても現実を受け入れ諦めることから始めなければいけない。
(あー…こんな形で居なくなるなんて、とんでもなく迷惑な子供だよな…)
思わず天を仰いでいたら、つい未練がましい考えまで浮かんできてしまった。
…ああ。
ぼっち生活のお供にしてたシリーズ本の続きも、もう読めないのか。
こんなことなら楽しみにしてたあのお菓子、早く買って食べとけばよかった。
母さんと父さん、そしてあいつに「さよなら」くらい言いたかったな…
「っ"……、……」
俯いた僕の耳に、軽い溜息が届いた。
「仕方ないな…」
否と答えても魔物は悠然とした姿勢を崩さなかった。どちらでも構わなかったのだろう。
「では、これを使って魔力をお前から奪う。」
魔物はそう言って、ローブの内ポケットから一つ小瓶を取り出した。
紫に近いピンク色の透明な液体が、瓶の中で揺れる。
なんだろう。嫌な予感しかしない。
「これは、他の魔物から魔力を奪う植物が使う毒だ。
魔力の制御を狂わせ、植物が魔力を奪いやすくするために使われる。
…多少気分が悪くなるが、のたうち回るような酷い作用はない。」
と言われても安心などできるはずもなかった。どうせ無意味だろうけども、体は魔物の手から逃れようとした。
しかし、見えない何かに阻まれて動けなかった。
それらは僕の唇もさわさわと擽って、口を開けと催促してくる。
口の中にまで入ってきそうな毛糸みたいなものに諦めて口を開けると、魔物が瓶の蓋を外すのが見えた。
そして僕の舌の上に不気味な液体を、ゆっくりと垂らした。
「!?」
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