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「いらっしゃいませ」
穏やかな店主の挨拶が、この落ち着いた雰囲気のBARに、新たな客が来店したことを知らせる。
「ああ、大野さん。お久しぶりですね」
馴染みの客なのだろう。
店主は大野に対して嬉しそうに声をかけ、大野が連れていたもう一人の男にも愛想の良い笑顔で会釈をすると、彼等をカウンターへと迎え入れた。
店主に招かれた大野が笑顔で席につくと、彼は一通り辺りを見回し、店内の様子を大雑把に確認する。
彼等より先に入店していたのは、スーツを着た若い男と、その横に座る大学生と言った感じの連れの女だけだった。
「すいません、ボストンクーラーをお願いします」
着席した大野達の横で、先程の大学生っぽい女性が、ボストンクーラーというカクテルを注文する。
店主は女性からの注文を快く受けると、手早く発注されたカクテルを作り、女性に提供した。
「ああ、俺達はいつものでいいから」
大野は相当な常連客なのだろう。
「いつもの」で通じるような店というのは、常連客と店主にしか出来ないやりとりで、まして大野のような40代半ばの男がそう言うやりとりをすると、渋みと哀愁が増したような感じがして、余計にキマったような雰囲気が、店内にただよう。
大野は提供されたハイボールを飲みながら、仲間との話に夢中になっていた。
すると大野達の横に座っていた女が、連れの男性に会釈をし、トイレへと席を立ったのが視界に入る。
だが大野達は、女性が席を立った事をさほど気にする様子もなく、久しぶりに会う店主や、連れてきた仲間と談笑を続けていた。
それから間もなくして女が席にもどって来た時、大野は自分が連れてきた男性に肩を小突かれ、何事かと連れの方を振り向くと、連れの男性が少し険しい顔で女性の方を見ろと目配せをした。
大野はそれに釣られるように女性の方をチラッと見る。
カウンターで楽しそうに酒を飲む若い男女。
男性の席には赤いカクテル。
女性の席には緑のカクテルが置いてある。
一見すると、特に変わった事は無いように見える。
だが大野は、その光景を見て何かを感じ取ったようだった。
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