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それでも一年などは、あっという間に過ぎ去るもので。ついにマサヒロ君が、山寺に帰ってくる日が来た。
栄達師匠は山寺の山門に立ちながら。今から思えばもう遠い日のことになってしまったが、二十歳の花音を待っていた日を思い出していた。
あの時も、山寺に続く一本道を歩いてくる花音を、今か今かと待っていたものだ。マサヒロ君も小さい時から面倒を見たので、栄達の子供のようなモノであるから。
はからずも絹子への失恋が、坊主への道を開いてしまったが・・それでも山寺を継ぐと言ってくれる、頼もしい跡継ぎには違いない。
本当は、チョッと嬉しい。
この一年の間には、色々な事があった。
なんと言っても一番の大きな出来事は、絹子がジャン=ルイの子供を無事に出産したことだろうか。
かつて富岳百合子も言っていた事だが。
「もしもジャン=ルイが女の子に生まれていたら、アントワーヌもあんなに嫉妬しなかっただろうな」
ちょっと悲しそうに微笑むと。
「彼もね、女の子を欲しがっていたよ。ワタシが女の子を流産した時は、とっても哀しがってたからね」、なのだそうで。
その百合子の神通力のお陰か、絹子は男の子と女の子の双子を出産した。
ジャン=ルイにソックリな女の子は、金髪に緑色の瞳のビスクドール。濃い鳶色の髪に黒い瞳の男の子は、どちらかと言うと絹子に似ている。
赤ちゃんを膝に乗せ、哺乳瓶を片手に奮闘しているジャン=ルイなど、想像したことも無かった。
女の子の金色の巻き毛をなで、男の子の黒い瞳を覗き込む。そんな時は、ガブリエルから受け継いだ青い目が優しい色になる。
双子を育てるのは大変だからと、ジャン=ルイは看護師を二人ほど雇ったが、ソレでも乳母を雇おうとはしなかった。
「僕とお前で、この子たちを育てるんだからな」、それが望みだと言って笑ったのだそうで。
パリ社交界の悪魔だったジャン=ルイとも思えないような趣旨替えだが。それでもジャン=ルイは、どこまでも本気なようで。
絹子はとっても幸せそうだ。
栄達が久しぶりに、屋敷を訪れた時も。
絹子が作る焼き林檎を嬉しそうに頬張りながら、双子の赤ちゃんたちのおむつを替え、哺乳瓶を片手に奮闘していた。
子供部屋はあるが、そこで赤ちゃんたちが眠るのは夜だけ。朝から晩まで、屋敷の中は子育て騒動で大騒ぎだった。
今度はマサヒロも、連れて行ってやろうと思うのだが。
「きっと、ショック死するぞ」
栄達の顔の数え切れないシワに、笑いシワがまた加わる。もうシワまるけだ。
そんなシワまるけの栄達に、小道を駆けあがってくるマサヒロ君が大きく手を振った。栄達の名前を大声で呼んで、駆け足になる。
そのうちに全力疾走する・・そう言うやつだ。
また賑やかな山寺になるぞ。そこには花音と絹子、それから二人が産んだ子供達の挙げる嬌声も混じるはずだ。
栄達の幸せそうな笑い声が、何処までも青く輝く空の彼方まで広がっていく。
もう直ぐだゾ!
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