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『夜分遅くに申し訳ございません。数ヶ月前に一度お話しさせていただいた武田です。この度はミレイさんにお礼をしたいと思い、連絡しました。今度は二人でミレイさんとお会いしたいです。もしよろしければ、都合の良い日にちを教えていただけますか?』  この数ヶ月間、相変わらず『会いたいです』とか、『エッチしたいです』とか、そんな猥褻臭いメッセージばかり届いていたが、武田くんからのメッセージは、シトラスの香りがした。私はその匂いから彼の端正で穢れのない顔を思い出して、思わず顔が緩んだ。 『こんばんは、いいですよ。でも、渋谷だと目立つでしょうから、少し離れた場所にしませんか? たとえば、埼玉とか』  返信は早かった。 『ありがとうございます! 埼玉、いいですね。埼玉のどのあたりがいいですかね。すみません、二人とも埼玉は疎いので』 『私の実家が越谷にあるから、その辺りにしようか。じゃあ今週の土曜日の十時に蒲生駅ってところに集合でいい?』 『すみません、なんて読むんですか?』 『ああごめんね、がもう、だよ』 『ありがとうございます。土曜日の十時に蒲生駅へ行きます』 『うん。じゃあ、また今度ね』  渋谷と比べると、越谷の街は寂れている。しかし、喧騒などこれっぽっちもなく、いつだって穏やかだ。  二人は目立たないようにか、マスクとニット帽をつけていた。 「すみません、呼び出してしまいまして」  武田くんが言って頭を下げる。倣うように志賀咲さくらも下げる。 「いいのいいの。私も暇だったし。じゃあ、とりあえずカフェにでも行こうか。小さい頃から営業している喫茶店があるから、そこに行こう」 「ありがとうございます。気を遣っていただいて」 「大丈夫だから、気にしないで」  それから私たちは十分ほど歩き、色あせた看板が目印の喫茶店に入った。マスターは私のことを知っていて、「久しぶりだねえ」と言ってくれた。 「あの、今回は我々がお金を出します」  席に座るなり武田くんに言われたので、 「じゃあ、百円だけ出すね」  と私は返した。これで貸し借りなし。  三人してホットコーヒーを注文した後で、二人が声を揃えて「ありがとうございました」と私に礼を言った。 「あのとき、ミレイさんとお話ししたおかげで、俺の中で気持ちの整理がついたんです。そして、さくらとも向き合うことができました」 「二人で話し合って、やはり私はどちらも捨てられないと告げました。わがままかもしれないけど、涼太のことも、アイドルのことも、どちらも好きだから」 「だから、あえて交際していることを公にして、二人で生配信をして正直に話したわけね」 「はい。批判されるのはわかっています、でも、私は自分の気持ちに嘘をつきたくありませんでした」  渋谷で私と話をした日から二週間ほど経った頃、志賀咲さくらは突然生配信を行った。彼女の隣には武田くんがいて、二人は幼馴染であり、恋愛関係であることを公言した。もちろん、SNSは大荒れした。だが、「今時アイドルが恋愛できないのはおかしいんじゃないか?」といった声が多数上がり、運営側 も恋愛禁止のルールを撤回せざるを得なくなった。  これは時代だ。十年前なら、きっと二人の恋愛はボロボロにされて、彼女のアイドル人生は絶たれていただろう。しかし、時代が変わることで、価値観も変わった。アイドルが恋愛をしたっていいじゃないかと思える人たちが増えていたのだ。 「龍神ガールズを辞めることも考えましたが、それは困ると運営から止められました。さくらにはいてほしいって言ってもらえたのは、幸運です」 「これからは二人で共に歩みながら、きちんと話し合いながら、僕はさくらのアイドル人生を応援します」 「私は私の人生を楽しもうと思っています」  二人とも、スカイツリーくらい真っ直ぐな気持ちで人生を歩んでいる。自分が望むことを叶えるために。二人にしか勝ち取れない幸福を得るために。  しかし彼らの恋愛騒動のせいで、龍神ガールズの人気は落ちてしまった。いまだに志賀咲さくらに対する誹謗中傷もある。実際、私も龍神ガールズのファンを辞めてしまった。あれだけ生きがいだったのに、なんだか気持ちが冷めてしまったのだ。  やっぱり、ふくざつだなあ。そう思いつつも、二人のさっぱりとした顔には全く敵わず、私は「二人とも、お幸せにね」と言って、苦いコーヒーを飲む。なんとも言えない味で、私は軽いため息をついた。
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