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第四章「蒼井風花の復讐」-5-
【5】
その日の夜。風花は杵島に更衣室での真夜とのやりとりについて話した。
「成りすまし?」
さすがの杵島も驚いていた。
「何言ってるんだろうと思ったんだけど、どうも信じ込んでるんだよね」
あそこまで自信満々に言い放ってきたのだ。何か彼女なりの確証があるのだろう。
もしかすると杵島が真夜に何か吹き込んだのだろうかと思ったが、彼の反応を見るとその線はなさそうだ。真夜と接点があるという点で考えると折原かとも思ったが、まず彼は愛奈の存在を知らないはずなので、彼も違うだろう。
となると片瀬くらいしか思い浮かばない。だが、片瀬が真夜をたきつけるような言動を起こすだろうか。
考えれば考えるほど、謎は深まっていく。
「ふーん」
杵島は少し考えたが、すぐに考えることすら馬鹿らしいと思ったのか、風花を抱き寄せた。
「まあ、おまえが風花だってことは俺にしかわからないかもな」
そう言って視線を風花の胸の谷間へと向けてきたので、「バカ、何考えてんの」と身をよじって彼から離れる。すぐに彼は「は? おい、別にやましい気持ちで見たわけじゃないぞ」と言い訳をしてきた。
杵島が言いたいことは十分伝わっている。たしかに風花と愛奈の違いが明確にわかるのは手術痕があるかないかだ。
「それにしても面倒くせえ相手だな」
「躱しても躱しても次々に罠を張ってくるんだもん。やんなっちゃう」
「油断するなよ。アイツはマジで手段を選ばない。愛奈は患者を利用して嵌められたことがある」
「うん」
「困った時はいつでも俺を頼れよ。どこにいても、必ず助ける」
きっと嘘偽りない言葉だろう。
それでも風花は、彼が病で苦しむ患者と風花をどちらか一人だけに手を差し伸べなければならない局面に立たされた時、きっと患者の手を取るだろうことはわかっている。
風花を見捨てるという意味ではなく、風花なら立ちあがれると信じてくれているからだ。
杵島の妹が愛奈のドナーであったと知った時、あまりの衝撃に彼の前から逃げ出してしまったことがある。あの時、彼は追いかけて来なかった。きっと迷ってくれただろうが、患者の治療を優先してくれた。風花を優先して追いかけてきたら、その時点で風花は見限っていただろう。
医者としての責任を自覚し、誇りを持っている。そういう人だから好きになった。
こんな素敵な人に愛してもらえたのだ。それだけでどんな困難にも立ち向かえる。そんな気がした。
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