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病院の待合室で診察待ちをしていた時、診察券を持った顔馴染みの看護師さんがキョロキョロと辺りを見回していることに気づいた。
顔を上げると目が合う。
「はい、片瀬愛奈さん。初めて会った時はこんなに小っちゃかったのに今じゃ人妻なんだね」
そう言ってニッコリと微笑みながら診察券を返してくれた。お礼を言いながら両手で受け取り、その診察券に書かれてある自分の名前を指でなぞって確かめる。
正直まだ、少し慣れない。胸の奥がくすぐったくなるような不思議な気分。
あれは木々の葉が赤や黄に色づきはじめた一年前のある日――私が療養する施設に彼は突然現れた。
「ごめん愛奈。以前のものとは違うけど」
自分で作ったのだと言い、季節外れのサンタクロースの人形を私にくれた。
たしかに以前、患者さんのお孫さんが作ってくれたサンタクロースの人形ではなかった。けれど、再現しようと努力してくれたのだろう。ボタンがちぐはぐしているだけではなくて、なんだか顔が歪んでる。たぶん、以前よりひどい。
思わず笑ってその人形を抱きしめると、なぜか彼は泣いた。そしてわかってしまった。この人はずっと、変わらずに愛してくれていたのだと。
許してほしいと何度も謝られた。私は困ってしまった。
だって、彼は何も謝るようなことをしていない。
悪いのは私。
自分のことを話さなかった。ワガママを言って、たくさん困らせた。困難から立ち向かうことができず、逃げてばかりいた。助けてと言えなかった。
もっと私に勇気があれば、去って行くあなたを引き止めることができた。
「ごめんね、颯太さん」
私が言うと彼は強く手を握り締め、「俺に、きみを幸せにするチャンスをもう一度くれないか」と言ってくれた。
もちろん私は手を握り返して、「はい」と答えた。
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