第6話 命と人生

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「あのときペットボトルを渡してくれなかったら、あたしは間違いなく死んでいた。 でも、ママが死んでいたかも知れないんだよ。 自分勝手に生きているのに、どうして……」 「水泳は得意だからね。 それに、千晶を救うためなら、いつでも命を捨てられるわ」 「だったら、ずっと一緒にいてよ」 心が揺れた。でも、きっぱりと答えた。 「千晶のために命は捨てられる。 でもね。人生は捨てられない。ごめん。こんな母親で」 「ママのバカ!」 「ごめん。もう行くね」 わたしが病室を出るまで、千晶はもう言葉をかけてくれなかった。 わたしは元夫と病室を出て、病院の外のタクシー乗り場に向かった。 タクシーを待つ間、わたしは竜巻のことを、元夫に話した。 「インドの竜巻のとき、わたしは死ぬ運命だったと思う。 あれは死神。 運よく、今回の竜巻でも生き延びたけど、遠からず命の借りを返すことになると思うの。 でも。死ぬなら、自分の人生の中で死にたい。ごめんなさい。 千晶のこと、よろしくお願いします」 そう言って元夫に頭を下げたとき、タクシーが着いた。 「君が無事に帰ってくることを祈っている。 どんな危機に遭遇しても、生きることをあきらめちゃだめだよ。 千晶のためにも」 タクシーに乗り込むわたしに、彼はそう言ってくれた。 病室の引き戸が静かに開き、パパが戻ってきた。 「ママ、大丈夫かな?」 パパは椅子に腰を下ろし、一息ついて、あたしの質問に問い返した。  「千晶。 もし、竜巻がママの車を持ち上げえなかったら、どうなっていたんだろう?」   パパの問いに、あたしは考え込んだ。 「多分、トラックに激突して……。まさか!」 「その竜巻は、死神じゃ、ないんじゃないか?」 病室の中、あたしの体に付けたコードの先の機械が、規則正しい信号音を小さく鳴らしていた。 ―完- 最後までお読みいただき、ありがとうございました。 虎龍
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