第2話 あたし(千晶)

3/8
前へ
/23ページ
次へ
――ダメだ。なにか話さなくちゃ。 「仕事、上手くいっているの?」 「うん。収入は低いけど、充実しているわ」 うれしそうに答えると、ママの言葉が洪水のようにあふれ出した。 「この半年はね。インドの北東部にある幾つかの村に取材に行ったの……」 ママは今、国際通信社の特派員をしている。 元々、女性雑誌の記者だったママが今の仕事に転職することが、パパとの離婚原因だった。 何しろ、単身で一年の半分以上は治安の悪い外国暮らし。 平凡なサラリーマンのパパには、耐えられなかった。 ――結局ママは、あたしやパパを捨てて仕事を選んだ。 「その地域ではね。 あなたより若い女の子が、好きでもない男と結婚させられたり、教育を受ける機会を奪われていたり…」 「ねえ。この車には、ブルートゥース、せめてCDとかないの?」 あたしはママの言葉をさえぎって、グローブボックスを開けた。 ママの言葉を止めたかった。 視野の右隅みに、運転席のママがハッとするのが見えた。 グローブボックスの中には、大きな工具が一つ入っているだけだった。 「なに、これ?」  その工具を手に取ってみる。 金属の塊といったその工具は、ものすごく重かった。 「モンキーレンチっていうのよ。護身用に持っているの」
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加