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――ダメだ。なにか話さなくちゃ。
「仕事、上手くいっているの?」
「うん。収入は低いけど、充実しているわ」
うれしそうに答えると、ママの言葉が洪水のようにあふれ出した。
「この半年はね。インドの北東部にある幾つかの村に取材に行ったの……」
ママは今、国際通信社の特派員をしている。
元々、女性雑誌の記者だったママが今の仕事に転職することが、パパとの離婚原因だった。
何しろ、単身で一年の半分以上は治安の悪い外国暮らし。
平凡なサラリーマンのパパには、耐えられなかった。
――結局ママは、あたしやパパを捨てて仕事を選んだ。
「その地域ではね。
あなたより若い女の子が、好きでもない男と結婚させられたり、教育を受ける機会を奪われていたり…」
「ねえ。この車には、ブルートゥース、せめてCDとかないの?」
あたしはママの言葉をさえぎって、グローブボックスを開けた。
ママの言葉を止めたかった。
視野の右隅みに、運転席のママがハッとするのが見えた。
グローブボックスの中には、大きな工具が一つ入っているだけだった。
「なに、これ?」
その工具を手に取ってみる。
金属の塊といったその工具は、ものすごく重かった。
「モンキーレンチっていうのよ。護身用に持っているの」
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