彼女

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557ae942-8590-404c-a7e1-947da096a680  いつも居るはずの、佳那(かな)の姿がなかった。  休日のボウリング場は、平日のそれよりも賑やかな場所になっていた。いつもであれば容易くみつけられる仲間の姿も、すこし人を掻き分けるように覗かなければみつからない。 「なあ、佳那(かな)しらん?」 「そういや、今日はまだ見てねーな……」  時計を確認すれば、もう昼を過ぎている。電話をかけてみると、暗い声の彼女。どうした来ないのかと問えば、ちょっと……としか答えない。  おかしい何かあったに違いない。わたしは何があったのかと問いかける。なかなか打ち明けない彼女だったが、最後にぽつり「ごめん……」と。  電話を切ったわたしは、そのまま自動販売機へとむかう。カップの珈琲を買って、それを持ったまま出口へと向かった。 「おい、莉心(りこ)。どこ行きよんのか」 「うん、……ちょっと」  あいつの居場所は、深く考えずともすぐわかる。わたしが行くと連絡をいれるまで、あいつは決まってそこにいる。  いま居る場所からすぐ近く、珈琲の冷めない距離のパチンコ店。そのまま店内に入ったわたしは、あいつの好きな台のシマへいく。  斜めうしろに立ったわたしは、そいつの肩を軽く叩いた。振り返ったそいつは、わたしの顔をみてにっこり笑った。  右手に握った、ホットコーヒー。その笑顔に向かって、わたしはそれをぶちまけた。 「うあっ……ちぃ! ……な、なんしよん!」 「は? こっちのセリフじゃ。お前、なんしよんのか」 「は? いつものことやん。お前から連絡ねーけん……」 「ちがう! お前が佳那(かな)にしたことよ」  こいつ……いや、(りょう)の顔色がかわった。ここではあれだからと、わたしは外に連れ出される。  違うんだという彼に、何が違うのかと問う。彼女から誘われたのだ、俺はだめだと言ったと主張してくる(りょう)。  自分は莉心(りこ)の本命ではない、彼女には忘れられないひとがいる。あんたが誰と浮気したって、彼女は嫉妬したりしない。そういって自分を挑発してきたという。 「はあ? あんた……バカなん? そんなんが通用すると思っちょんのか」 「だって、マジやけん……」 「んで? マジやけん、なに?」  道行くひとが、面白がって足をとめる。(りょう)は人目を気にするように、声をおとして言い訳をした。 「彼氏より、友達のいうこと……信じるん?」 「あんた、だせえな。佳那(かな)は言い訳してねーよ。あんたのせいにも、してねーわ!」 「……え、」 「わりーけど、わたしは佳那(かな)を選ばせてもらう」 「はあ? なんで!」 「……なんでって? バカじゃねん。……かっこわりぃ……」  振り返ると、そこには呆れた顔をした博之(ひろゆき)が立っていた。  深夜の電話。佳那(かな)のようすが、あきらかにおかしい。  どこに居るのかと怒鳴りつける私に、ひとこと「みなと……」と告げた彼女。電話を投げ捨て、私は家を飛び出した。  怖い……、この暗闇じゃない。現実が、思考が……、心が……怖いと叫ぶ。どこにいるのだと焦る気持ちに、身体が震えてきた。  ……いた。公衆電話のよこに、座り込んでいる佳那(かな)をみつけた。走りよった私は、彼女の放つ臭いに怒りを覚えた。 「あんた、……シンナーやったんな。私がシンナー好かんの知っとるよな。約束……したよな」 「……ごめーん、莉心(りこ)。約束やぶって……ごめんな……」  佳那(かな)は、へらへらと笑っていた。しかし、縋るように泣いている。不安定に崩れおちる彼女の胸ぐらをつかみ、力強く頬を叩いた。  倒れた彼女のポケットから、小瓶がアスファルトに転げ落ちる。空になった市販薬に、わたしの思考は停止した。 「ひろくん……助けて……。佳那(かな)が、……佳那が!」  連絡からそう待たずに、彼は駆けつけてくれた。転がった小瓶を手にとり、道路の脇に投げ捨てる。  近くの自動販売機にいき飲み物を手に戻った彼は、佳那(かな)の鼻をつまみペットボトルを口に突っ込んだ。 「ひろくん……、ひろくん……」 「しゃーねえ。こんなんで死にゃーせん! それより、お前よ! なんで、こんなやつ……。なんで赦すんか!」 「だって、だって……」  落ち着いた彼女を連れて、近くの公園に移動する。わたしの膝枕で眠る彼女は、子供みたいに無垢な顔をしていた。  何があっても、わたしの味方をしてくれた。どんな理不尽な状況でも、わたしと共にしてくれた。  たった一度の手違いも、わたしを思ってのことだった。ただ男を甘く見すぎて、佳那(かな)自身が損をしてしまった。  わたしが本気で相手を好いているのか、そんなことくらい彼女は見抜いていた。現実、この子がひろくんに牙を剥いたことはないでしょ? 女の友情、なめてもらっちゃ……困るな。
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