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彼女
いつも居るはずの、佳那の姿がなかった。
休日のボウリング場は、平日のそれよりも賑やかな場所になっていた。いつもであれば容易くみつけられる仲間の姿も、すこし人を掻き分けるように覗かなければみつからない。
「なあ、佳那しらん?」
「そういや、今日はまだ見てねーな……」
時計を確認すれば、もう昼を過ぎている。電話をかけてみると、暗い声の彼女。どうした来ないのかと問えば、ちょっと……としか答えない。
おかしい何かあったに違いない。わたしは何があったのかと問いかける。なかなか打ち明けない彼女だったが、最後にぽつり「ごめん……」と。
電話を切ったわたしは、そのまま自動販売機へとむかう。カップの珈琲を買って、それを持ったまま出口へと向かった。
「おい、莉心。どこ行きよんのか」
「うん、……ちょっと」
あいつの居場所は、深く考えずともすぐわかる。わたしが行くと連絡をいれるまで、あいつは決まってそこにいる。
いま居る場所からすぐ近く、珈琲の冷めない距離のパチンコ店。そのまま店内に入ったわたしは、あいつの好きな台のシマへいく。
斜めうしろに立ったわたしは、そいつの肩を軽く叩いた。振り返ったそいつは、わたしの顔をみてにっこり笑った。
右手に握った、ホットコーヒー。その笑顔に向かって、わたしはそれをぶちまけた。
「うあっ……ちぃ! ……な、なんしよん!」
「は? こっちのセリフじゃ。お前、なんしよんのか」
「は? いつものことやん。お前から連絡ねーけん……」
「ちがう! お前が佳那にしたことよ」
こいつ……いや、良の顔色がかわった。ここではあれだからと、わたしは外に連れ出される。
違うんだという彼に、何が違うのかと問う。彼女から誘われたのだ、俺はだめだと言ったと主張してくる良。
自分は莉心の本命ではない、彼女には忘れられないひとがいる。あんたが誰と浮気したって、彼女は嫉妬したりしない。そういって自分を挑発してきたという。
「はあ? あんた……バカなん? そんなんが通用すると思っちょんのか」
「だって、マジやけん……」
「んで? マジやけん、なに?」
道行くひとが、面白がって足をとめる。良は人目を気にするように、声をおとして言い訳をした。
「彼氏より、友達のいうこと……信じるん?」
「あんた、だせえな。佳那は言い訳してねーよ。あんたのせいにも、してねーわ!」
「……え、」
「わりーけど、わたしは佳那を選ばせてもらう」
「はあ? なんで!」
「……なんでって? バカじゃねん。……かっこわりぃ……」
振り返ると、そこには呆れた顔をした博之が立っていた。
深夜の電話。佳那のようすが、あきらかにおかしい。
どこに居るのかと怒鳴りつける私に、ひとこと「みなと……」と告げた彼女。電話を投げ捨て、私は家を飛び出した。
怖い……、この暗闇じゃない。現実が、思考が……、心が……怖いと叫ぶ。どこにいるのだと焦る気持ちに、身体が震えてきた。
……いた。公衆電話のよこに、座り込んでいる佳那をみつけた。走りよった私は、彼女の放つ臭いに怒りを覚えた。
「あんた、……シンナーやったんな。私がシンナー好かんの知っとるよな。約束……したよな」
「……ごめーん、莉心。約束やぶって……ごめんな……」
佳那は、へらへらと笑っていた。しかし、縋るように泣いている。不安定に崩れおちる彼女の胸ぐらをつかみ、力強く頬を叩いた。
倒れた彼女のポケットから、小瓶がアスファルトに転げ落ちる。空になった市販薬に、わたしの思考は停止した。
「ひろくん……助けて……。佳那が、……佳那が!」
連絡からそう待たずに、彼は駆けつけてくれた。転がった小瓶を手にとり、道路の脇に投げ捨てる。
近くの自動販売機にいき飲み物を手に戻った彼は、佳那の鼻をつまみペットボトルを口に突っ込んだ。
「ひろくん……、ひろくん……」
「しゃーねえ。こんなんで死にゃーせん! それより、お前よ! なんで、こんなやつ……。なんで赦すんか!」
「だって、だって……」
落ち着いた彼女を連れて、近くの公園に移動する。わたしの膝枕で眠る彼女は、子供みたいに無垢な顔をしていた。
何があっても、わたしの味方をしてくれた。どんな理不尽な状況でも、わたしと共にしてくれた。
たった一度の手違いも、わたしを思ってのことだった。ただ男を甘く見すぎて、佳那自身が損をしてしまった。
わたしが本気で相手を好いているのか、そんなことくらい彼女は見抜いていた。現実、この子がひろくんに牙を剥いたことはないでしょ? 女の友情、なめてもらっちゃ……困るな。
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