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夢、それは……
おおきくなったら、何になりたい?
幼いわたしは、答えていた。おおきくなったら、お兄ちゃんのお嫁さんになる。可愛いね、仲良しだね。おとなは皆そういって、笑って喜んでくれていた。
小学校の卒業アルバム。将来の夢を書くときに、わたしは少しだけ戸惑った。みんなは、なんて書くんだろう。
「なあなあ、モコ。将来の夢って、なんて書く?」
「ケーキ屋さんになりたいから……。サヨは? なにになりたいの?」
「ケーキ屋さん……か。え、なりたいもの……?」
わたしは、何になりたいのだろう。突然おそってくる、よくわからない心細さ。わたしは、みんなの手もとを覗いてあるく。
スチュワーデス、歯医者さん、お花屋さん、ケーキ屋さん。ほかにも色々な職業が、それなりに書かれている。
じぶんの席にもどり、必死になって考える。わたしは、何になればいい? ケーキは作れないから無理だし、歯医者は嫌いだから嫌だ。
お花はそんなに好きではないし、スチュワーデスのことはよく知らないから何とも言えない。結局なにも思いつかず、わたしはいつもの答えを書いた。
常につきまとう、将来の夢。ことあるごとに、大人はそれを問うてくる。どうやら人間というものは、将来の夢をもつのが普通らしい。
それならば、わたしは普通ではない。夢という夢を持たないままに、その将来になってしまったのだから。
人間として生まれたのだから、わたしは人間として生きるだけ。そうやって、ぼやーっとしたまま生きてきた。
一度だけ、そう……いちどだけ。進むべき進路を決めなければならない、高校受験のための質問だった。
「将来のために、お前が職業としてやってみたいこと……、それを考えて決めるんだぞ」
確かに、親はそういった。親だけではない、担任も三者面談でそういった。それなりに本気で考えて、わたしは美術コースのある高校を選んだ。
思いきって話した結果、わたしの志望校は即却下。学費が高い、交通費がかかる。素行が悪いから、電車通学はさせられない。
ああ、そうか。夢というものはお金があって、真面目でないと追えないものなのか。バカなわたしは、そう認識してしまった。
結局わたしは近い未来のことだけを考える、そんな自分に戻ってしまう。正確にいうならば、いまこの時にやりたいことをやるだけの自分。
「バンドなんか、何のやくにもたたない」
「不良とつるんで、好き勝手に遊びほうけて」
「あんたみたいな不真面目な人間は、ろくな大人にはなれない」
親にそんなことを言われながら、わたしは今を生きていた。自分なりに必死に、わたしなりに本気で。ただ、遠い将来の夢だけは、いつ誰に訊かれても答えられなかった。
ずっと遠い、未来のじぶん。それを定められず、答えられず。『将来の夢』というやつが、未だにわたしを苦しめる。
あなたの夢を、教えてください。
わたしには、夢がありません。夢をもち頑張っているひとが眩しすぎて、わたしには遠く触れられない存在なんです。
どうせわたしには無理だという、自信のなさが夢を食った。もしかしたらそれは、劣等感というものなのかもしれない。
きっとこの先も、わたしは夢を抱けない。ただ淡々と、いまを平凡に過ごしていく。昔みたいに何かに夢中になれる、そんな若さまで失くしてしまったから。
それでもこうして、書いている。きっとこうして、書き続ける。それをどうしたいという願望は特になく、ただ自分の心を喜ばせるために。
そうやって心を保つために、きっと書くことを辞められないでいるんだろうな。
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