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罪
白い、夜だった。
真っ黒い水面が、穏やかに寄せていた。黒い海に、紫の月がゆれている。異様なこの光景に僕は、なぜか心地よさを感じてしまった。
足もとの砂が、転がった。
遠くゆれる月あかりから足もとへと視線をむけ、ふと隣に気配をかんじる。幼い少女が立っていた。この子はいつから、そこに居たのだろうか。
ほんのすこしも動かずに、じっと海をみつめている少女。しばらくそんな少女をみていた僕は、「なにしてるの?」と心のなかで問うてみた。
『ママが……迎えに……』
振りむいた少女のくちは、動いてはいない。しかしはっきりと聞こえた、少女のこえ。瞳のない少女はしっかりと僕の姿をとらえたあと、海に向きなおし歩きはじめた。
海に入ってしまう。そう感じた僕は、おもわず少女の腕をつかんでしまった。いつか、この日がくることはわかっていた。そう、君と知り合ってからずっと。流れ込む、誰かのおと。
「なあ、あんたさ……。どっか悪りいよな」
「おー、さすがっすね……。けど、なんもないですよ?」
真っ直ぐにのびていた月のあかりを、黒い水面がぐるぐると掻きまわした。暗い水のなかにいる魚たちは、酸素をもとめてぷかぷかと顔をだす。
幼い少女は振りかえることもせず、黙ったままその海をながめていた。時おり進もうとする少女のうでを、離さないようにしっかりと掴みなおす。
「最近、……元気ないっすね。……なんか、あったんですか?」
「いや、……べつに」
「……よかったら、……話してくれませんか?」
紫の月が、つよく輝いた。押し寄せる波が、少女のあしに絡みつく。引きとどめている僕の手のひらに、少女の涙がきこえてきた。押し寄せる、根拠のない……不安。
「やめれ! 言霊をなめちゃだめっすよ! なんでそんなこと言うんですか!」
『言わなきゃよかった……。言っちゃ……だめだった……』
破壊の月が、より強いひかりを放ちはじめる。水面に浮かんだ魚たちを、波が運んで砂のうえに残していく。それを見た少女は、おおきな声で叫びはじめた。
少女は掴まれたうでを、激しく振りまわした。なにかに怯えるように、なにかを壊すかのように。少女の身体は、海にむかって突き進もうとする。
危ないから行ってはだめだ、そんな僕の叫びは届かない。離れてしまった少女のうでを、追いかけ掴むがすりぬける。紫色にうずまく海に飛び込んだ少女は、悲しそうに僕をみた。
少女のうでを離してしまった、そんな自分の手のひらをにらむ。
『ごめんね、お兄ちゃん。悪いのは、私だよ? ……じぶんのこと、赦してあげてね』
瞳のない、幼い少女。紫色の母に抱かれ、少女は最後に幸せそうに微笑んだ。
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