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星にねがいを
あのひとが星になったと、風のうわさで耳にした。ずっとずっと昔にとっくに終わっている関係だけど、涙をみせられないと背をむけて別れた相手だけど、それでも記憶のなかから消すことはできないひとだった。
わたしが噂をしってから最初にした行動は、これもまた交友がとだえてしまっていた元親友への電話だった。
「もしもし……。わたし……わかるかな」
「……え、あか……り?」
「うん。ごめん、急に連絡とかして」
彼女とはなれて数年がたっていた。しかも、あまり穏やかとはいえないようなはなれかただった彼女は、わたしからの電話に戸惑いが隠せないようだった。
「ど、どした? ……あ、それより……あの時は、ごめん」
「いや、あの時もいまも怒ってもないし……それより……な、皐月に訊きたいことが……」
わたしは単刀直入に、あのひとの死は本当かと訊ねてしまった。とうぜん彼女は、「は?」とひと言だけ発して黙ってしまう。数年ぶりの電話で数年前の仲間の死を訊かれ、なにが起きているのか理解できるはずもない。
どうしてそんな質問を投げかけてくることになったのか、落ちついて最初から話すようにとうながされ、うわさを運んできた人物の説明からすべてをはなした。
わたしが彼女に連絡をした理由も、彼女はすぐに察してくれた。あのひとが暮らしているはずのまちに、彼女も暮らしているからだった。それでもそこそこ広い街なので、彼とはぐうぜん会うことも誰かからはなしを聞くこともなかったと話す。
もしかしたらという私のあわい期待は、一瞬にしてくだけてしまう。電話越しでも伝わったのだろう、彼女はすぐに大声でさけんだ。
「でもな! 少しだけ時間ちょうだい。……わたし、出来るかぎり調べてみるから」
それから数週間がたち、彼女からの連絡がはいった。繋がっていそうな人物にはすべて、ひと伝いながらも確認をとってみたという。しかし誰ひとりとして、ことの真相をしるものはいなかったと。
ただひとつだけ、とあるSNSのアカウントを知ることができたという。聞いたアカウントをみるために、わたしはすぐに自分のアカウントを作成した。同姓同名なんてたくさん居るような、ごくありふれた名前のかれ。SNSなんかで人とわいわい交流するような人ではない彼は、とうぜんアイコンも初期のまま。会話履歴なんてものは、なにひとつ残されてはいなかった。
それでも確実に彼だとわかる、バラ園の写真だけが残されていた。それから一日になんかいも、あのひとのうごかない部屋を覗いてみる。毎日まいにち、彼のともだち登録しているアカウントがおすすめを埋め尽くしてしまうほどに。
あれから数年、未だにあのひとの部屋はうごかない。こちらからフォローしてみる勇気なんて、そんなものは私にはない。なんどもアカウントを変えながら、それでもあの人の部屋に訪れてみる。うわさの真相もわからないまま、バラ園をみながらため息をつく。そして、ふと自分の変化に気づいた。
この数年間で、わたしは本当にたくさんの名前をもった。そして多くのひとと出会い、さまざまなことを考える機会をあたえてもらった。楽しいことつらいことを繰り返しながら、喜怒哀楽の感情というものを思い出させてもらった。
文章をかくという楽しさを知ることができ、心に溜めこんだものを吐き出す術も少しずつしることができた。寄り添いたいと思える出会い、支えてくれようとする人の優しさに触れることができた。
とおいむかしの記憶を抱いて、いまを穏やかに過ごすことができるようになった。あの人のことが、どうでもよくなったんじゃない。いまでもうごかない部屋は、ときどき覗いているんだ。ただせつなく苦しい想いではなく、彼もこの星のどこかで笑って過ごしてくれていたらいいな……と。
祈りに似たような気持ちで、穏やかな気持ちで眺めている。
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