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その翌朝。
男子高校生はうちわに加え、新たにペンライト持参でホームに立っていた。
彼がライトを振る度に、淡い水色の光が揺れる。
清香の隣では優菜が「わー」と呑気にぱちぱち拍手していた。
「きれいだねー。しかも清香ちゃんにぴったりの色だよあれ」
清香は「いいから行くよ!」と優菜の腕を取って、ホームのなるべく端へ移動した。
ちらりと向かい側のホームを見る。
慌てたように彼も一緒に移動し始める。
やっぱり優菜の言う通りあれは清香へ向けてのものだったようだ。
だがファンかどうかは疑問である。
ああいうタイプは人をからかうのにも全力なのかもしれない。
清香は彼を徹底的に無視することにした。
そんな清香を揺さぶるように、その翌日からうちわのメッセージが変わった。
『勉強がんばって!』
『やればできるよ!』
『努力は勝つ!!』
暑苦しい応援メッセージが日替わりで向こう側のホームに現れた。
清香はどうしてもちらちら見てしまうのを止められなかった。
(もしかして本当に私のファンだったりする?)
最初のうちわよりは受け入れやすいメッセージに、ついそんなことを考えた。
それでも迷惑な行為なのは変わらない。
いっそ直接注意しようかと思った。
しかし、会話などしたらそれこそ面倒なことになりそうでできない。
(大体なんでいつも横にいる人は何にも言わないの!?)
彼の隣には友人らしき男子高校生がいた。けれどその人は突っ立ってスマホを見つめるばかり。
どれだけ彼が飛び跳ねようがペンライトを振り回そうが、無関心を貫いてる。
類は友を呼ぶとはこういうことか。
清香はもやもやしつつも、どうすることもできないまま日々が過ぎていく。
突然現れた清香のファンらしき者の存在は、いよいよ清香の日常生活にまで入りこんでくるようになった。
放課後、清香はいつも高校の図書室で勉強をしてから帰る。
一人静かに机に向かう時、清香はいつも不安になった。
また模試の会場で集中できなかったら。
大学受験に失敗したら、とよくない考えばかりが頭を過る。
べつに清香には大きな夢や野望があるわけじゃない。
ただ平凡に生きていきたいだけだ。
それを叶えるには大学には行った方がいいし、どうせ行くなら自分の志望する大学がいい。
でも、最近はそう願えば願うほど理想から遠ざかっていくような気がする。
今やっていること全部無駄になってしまうのでは、と怖くなる。
気づけばルーズリーフの上で、手がとまっていた。
その時、どうしてかあの男子高校生の姿が思い浮かんだ。
(いやいや思い浮かばなくっていいから)
清香は頭にイメージした彼の飛び跳ねる姿を振り払う。
しかし、そのあとも彼はたびたび清香の脳内に登場するようになった。
わからない問題に頭を悩ます時も、ふと自信がなくなりそうになる時も、脳内の彼はこちらにエールを送ってくる。
夢にまで出てきて応援してきたこともある。
悔しいことにそのお陰で勉強がやけに捗った。
だからと言って現実の彼に対する印象が大幅に変わるわけでもない。
ただ、こちらをからかってあんなことしているとはもう思えなくなっていた。
彼は飽きもせず毎日毎朝向かい側のホームでうちわを見せつけてくる。
なにをそこまで必死になってやる必要があるのか。
あの女子校の子たちも「もういいって」「しんどいやろ」「やめなー?」と、彼の母親かのごとく心配し始めた。
本当にどうかしてる。
5月も中旬に入って、汗ばむ陽気が増えてきた。
そのうち倒れたりしないだろうか。
気付けば心配していて、清香はハッとする。
そもそもこっちは応援など頼んでもないので、清香には関係ない。
関係ないのに。
清香はちらりと彼を見る。
相変わらず元気のかたまりのような人でやっぱり苦手だと思う。
でも。
視界の隅にほんの少し映るくらいなら、気にならなくなっている。
模試の日がすぐそこまで迫っていた。
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