既視感のある世界

1/1
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ

既視感のある世界

 わたしはリーゼロッテ。没落寸前の伯爵家の長女、二十歳だ。もういい歳だけれど、夫も婚約者も恋人もなく、今は貧乏な実家の家計を助けるために王宮で侍女の仕事をしている。  とはいえ、特に優れた能力もなく、先輩や侍女頭には「掃除が雑」、「声が大きい」、「騒がしい」とダメ侍女扱いされているのが実情だ。  お給料がいいからなんとかクビにならないようしがみついているが、割と時間の問題かもしれない。  今日も侍女頭が「できる侍女を雇いたいけど、空きがないのよねえ。早く空きができてくれるといいんだけど……」などと大きめの声を出しながら、ちらちらとこちらを見ていた。  これは明らかにわたしへのメッセージだろう。  けれど、そんなチクチク攻撃に負けてなどいられない。  大事な家族を養うため、高給の仕事を手放すわけにはいかないのだ。  そして、たしかにわたしは侍女の仕事に向いていないけど、何か隠れた才能があるはず……!  そんなことを考えていると、侍女長からお達しがあった。 「リーゼロッテ、あなたにはしばらく謁見の間の仕事を任せることにするわ」 「謁見の間の仕事ですか? 謁見の間といえば、国王陛下が国民の拝謁に応じるための部屋ですよね。仕事って何をすればいいんですか?」 「何もしなくていいの。ただ隅っこで黙って立っていればいいから」  侍女頭が真剣な眼差しで私に説明する。  わたしも真剣な面持ちでこくりとうなずいた。  この仕事なら、わたしでも完璧にこなせそうな気がする……! ◇◇◇  そして、謁見の間で何もしない仕事を任されてから一月後。今日もわたしは部屋の隅っこに控えながら、姿勢を正し、無表情で一点を見つめていた。  ──やっぱり、いつ見ても素敵だわ〜……。  視線の先は、玉座で国民の拝謁に応じるベルナルド国王陛下。先代陛下の突然の崩御のために二十五歳という若さで即位したお方だ。  星の光のごとく輝く金髪に、澄んだ青空のような色をした切れ長の瞳。形の良い眉に、筋の通った高い鼻、優しく弧を描く唇。  まさに最高峰の芸術品のような絶世の美男子で、目の保養にとてもよい。  さらに婚約者やお妃様がいらっしゃらないので、パートナーの目を気にすることなく観察し放題なのもありがたい。  毎日、遠くからその圧倒的な美貌を拝んでいるうちに、視力もだいぶ上がったし、心なしか痩せたし、肌ツヤもよくなった気がする。  美形って、いろんな良い効能があるのねぇ。草津温泉みたい……。  ん? 待って、「草津温泉」って何……?  その時、自分の頭の中にリーゼロッテじゃない女の子の記憶が押し寄せてきて、唐突に気が付いた。  ──あ、わたし、異世界転生してる。  そうだ。わたしは前世は日本で暮らす普通の会社員だったはず。異世界転生してるってことは、トラックにでも轢かれて死んじゃったのかな?  その辺のことはよく覚えていないけれど、とりあえずお約束どおり、中世だか近世だかのヨーロッパ風の世界に、前世と比べればだいぶ可愛い容姿で転生したらしい。  ……どうせなら、没落寸前の伯爵令嬢じゃなくて、お姫様とか聖女様とかに転生できたらよかったんだけどなぁ。  あと、類まれな特殊能力が使えたりしたかった。動物と喋れたり、心の声が聞こえたり、精霊を操れたり……。  前世で読んだ異世界転生もののラノベを思い出しながら、ないものねだりをしてしまう。我ながら欲深い。  それにしても、ここはどういう世界なんだろう?  何かの乙女ゲームとか、恋愛小説の世界とかかな?  そんなことを考えていると、謁見の間に次の拝謁者がやって来た。  旅人風の装いをした二人組の中年男だ。  そして陛下の近くへ案内されると、男たちは跪いて恭しく挨拶を述べた。 「この度は国王陛下へのお目通りが叶いまして光栄に存じます。わたくしは、トマスと申しまして、旅の機織り師でございます」 「わたくしはハンスと申しまして、旅の仕立て師でございます」  機織り師のトマスと名乗った男は、お腹まわりがでっぷりとした中年男で、顎の下にもたぷたぷの贅肉がぶら下がっている。大変肉付きがよろしい。それにしても、指までぷくぷくとしていて、あんな太い指で繊細な仕事ができるのか心配だ。  仕立て屋のハンスも、トマスと同い年くらいの中年男だったが、こちらはひょろっとした体型だった。鼻の下に、針金でも入っていそうな細長い髭を生やしていて、ついクルクルと丸めたい衝動に駆られてしまう。  ある意味バランスのいい二人組ね、と思っていると、ベルナルド陛下が中年男たちに声を掛けた。 「トマスとハンスか。顔を上げよ。今日は私に見せたいものがあると聞いたが」  少し低めで、張りがあってよく通るイケボである。  そんなイケボのセリフに促されると、機織り師のトマスと仕立て師のハンスが返事をした。 「実はわたくしは、魔法の布を織ることができるのです」 「そしてわたくしは、魔法の布から美しい衣装を仕立てることができるのです」 「ほう、魔法の布を織って衣装を作れるというのか」  陛下が興味深そうに目を見開いたけれど……え、ちょっと待って。  なんかこの展開、既視感があるんですけど……。 「左様でございます。しかも、魔法の布は賢い者しか見ることができず、愚か者には見えないのでございます」  トマスがやたらと仰々しいポーズをとってアピールする……って、これ知ってる!  『裸の王様』のお話じゃん!!
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!