ポケットの中

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   なにも知らないくせに。  彼がどんなに頑張ってきたか、彼がどんな気持ちで、どんなふうに、大切なものを大切にしてきたのか。  知らないくせに。  頭のなかの整理がつかないまま、今日は仕事で適当な回答をし、相手に迷惑をかけてしまった。  それどころではなかった。  たったそれだけのことで、どうしてこんなに怒られているのか、いらいらして、適当に、なんとなく、その場をやり過ごす。  帰り道は思った以上に、足が重い。  ポケットのなかで、スマホが震える。  たくさんのネット情報。  何も知らない。  なにが真実かも。 「矛盾してるだろ!」  電話口で怒鳴られた嫌な声を思い出す。  適当に、その場だけやり過ごせたらいいと思った。  けれど、あとから、自分が嫌いになってきた。  相手は自分がどんな状況なのか、知るよしもない。 ”それどころではない”なんて、自分が腹を立てていたあれこれ言うなにも知らない人たちと、なにが違うと言うのだろう。  今、あるこの時間に、どうして向き合えないのだろう。  自分のことを棚の奥の奥にしまいこんで、誰かのことを下に見て、自分を推し進めようとする。  そんな世界が嫌いなはずなのに。  そんな世界にどっぶりつかっていたのは、自分なのかもしれない。  震えるポケットにたくさんの言葉が、鳴り響く。  どれが真実で、どれが嘘かなんて、私にはわからない。  信じるのは、あなたの言葉だけ。  どうか。  私も、適当に、じゃなくて、しっかり、生きるから。  どうか。  推しは推せるときに。  ポケットの中には、私の人生が詰まっている。
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