1-10、予想外の訪問者

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1-10、予想外の訪問者

 この女は一体何を言っているのだろう。 そんな彼らの思いが伝わってくるような気がして、アルメリアは顔を伏せてこっそり苦笑した。彼らの中では、既にアリルという侍女は、妄言を垂れ流す気が触れてしまった人間だと判断されているのかもしれない。  それならそれで好都合だ。何せ、これ以上余計な質問もされなくて済むし、魔獣たちと交流していて端から見ればおかしな行動を取っていたとしても、多少は見逃してもらえるからだ。今後の仕事には、支障が出てしまいそうだが。 「……いえ、お話はわかりました」  しかし、警邏騎士のカウレはアルメリアが思うよりも誠実な人柄だったらしい。 彼は静かに頷いて顔を上げる。この国では珍しくない碧眼は、驚くほどまっすぐにこちらを見ていた。 「アリルさん、いくつか質問をいいですか」 「……はい、もちろんです」  彼への後ろめたさがむくむくと湧いてきて、アルメリアは視線を逸らしたくなるのを我慢して頷いた。カウレはアルメリアが尚も緊張していると思ったのか、やはり柔和に微笑む。 「あなたは第二書架にひとりで入った。清掃している際、自分の他に誰もいなかった。この認識で合っていますか?」 「はい、合っています」 「では、物音を聞いたりなども?」 「私が清掃している最中にモップを落とした音と勘違いしていなければ。……それに、第二書室の入室は当時私の管理下にありましたし、窓もありませんから」 「ふむ……そうですね、あなたの言う通りです」  「壁の中から人が出て来た」なんてこと、そう簡単に信じられるはずがない。それがアルメリアの妄言でないのならば、それこそ嘘であると疑われてしまうのは当然だと言えた。 もしアルメリアが一連の司書失踪事件の犯人だとしても、あまりにも下手な嘘のつき方ではあるけれど。  そう思ってからやっと、アルメリアは自分の発言が引き起こした可能性を自覚した。 (……私、もしかして疑われてるの?) 『そーみたいだな』  ラザンは始めから疑い深い視線を注いで来ているから気にしないにしても、カウレはアルメリアの言うことを否定せずとも、より多くの情報を搾り取ろうとしていることは明らかだ。  まさか、何の事情も知らないまま書架番の仕事の代理を務めただけなのに、自分が真犯人としての汚名を着せられかけるとは思わなかった。真っ白になってしまいそうな思考をどうにか繋ぎとめて、アルメリアは必死に頭を働かせる。  もしこの冤罪を受け入れてしまえば、今の自分はただのアリルとは言っても、クランエリゼ家に泥を塗るのは免れない。 (でも確かに、そういう状況ではあったわ。私が書架番に入ってから初日、司書たちが一斉に帰還したんだもの。まるで私が、下手な自作自演でもやったみたいに)  アルメリアがロールの異空間で見た生き人形は、あの銀髪の美しい青年だけだ。けれど、ロールの口ぶりから他の司書たちも彫像にしていたようだし、「彼らもあげるね」という会話をした記憶もある。 (でも、<魔獣の加護>を持っている、なんて話、間違っても出来ないし……)  偶然と言い張るには、あまりにもタイミングが良すぎてしまったのだろう。  一体どうやってこの場を乗り切ればいいのかと考えていると、コンコン、と外から扉を叩く音がした。侍女長が人払いをしていたはずにも関わらず、やけに堂々としたノック音だ。空気が読めないのか読もうとしていないのか、この場に乱入して来ようとする者がいるらしい。  ラザンとカウレがはっとして顔をあげる。しかし彼らが何か行動を起こすよりも、扉が開く方が早かった。 「失礼する」  短い一言はどこか重く、でも事務的で、他者に命令することに慣れていた。 「……!?」  とたん、二人はがたんと高価なソファを蹴り倒さんばかりの勢いで立ち上がった。そのあまりの勢いに、アルメリアは驚いて肩を揺らす。尋常でない剣幕に釣られるようにして入口を見て、アルメリアは思わず息を詰まらせた。  まず目に飛び込んで来たのは、冬空にさんざめく星々のような銀髪だった。 柔らかそうな印象を与える髪質にも関わらず、恐ろしく整った顔立ちがどこか非人間じみている。すらりと長い手足のせいで痩身に見えるが、よく観察してみればちゃんと鍛えていることが分かるだろう。身に着けている衣服は先日見た司書の制服ではなく、もっと上等な、上級貴族や王族にも引けを取らないものだった。 (この、銀髪の人……!)  見間違いの様もなく、元彫像の彼だった。 「シ、シリウス様!?」 「そんな、なぜこんなところに!? まだ休まれていた方が……っ!」  彼の名前はシリウスと言うらしい。あからさまに血相を変えた二人が駆け寄るのを見て、アルメリアも血の気が引くのを感じていた。  だって、王室騎士までもが彼を敬っている。王室に仕え、時には貴族よりも強い力をもつ存在が。 つまり、彼は王室の人間か、王室に近しい身分であるに違いないのだ。  「問題ない。少し……」  感情を悟らせないような平坦な声音が紡がれ、一味違う碧眼がアルメリアを射抜く。 びく、と肩を震わせてしまったのは本日二度目だった。頭を下げることも忘れて、アルメリアはとうとう顔が引きつってしまうのを我慢することが出来なかった。 「彼女と、二人きりで話させて貰えないか」
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