1、魔獣令嬢の旅立ち

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1、魔獣令嬢の旅立ち

 アルメリア・クランエリゼは、クランエリゼ公爵令嬢であり、クランエリゼ家の最大の秘密である。  アルメリアは由緒正しい大貴族、クランエリゼ家の長女として生を受けた。癖はあるけれど人情味のある母と父に恵まれ、騎士の兄と、優秀な双子の弟と、非の打ち所がない妹に囲まれて育った。  アルメリアは自らを「落ちこぼれ」と称しても何の抵抗も無いのだが、心優しい家族たちはそうは思っていないらしい。それどころか、アルメリアの特殊な体質への理解も示してくれた。  貴族子息子女が漏れなく通う「学園」への入学を拒んでも、社交の場に一切顔を出さなくとも、人類の永遠の敵である魔獣と仲良くしようとも、仕方ないと困ったように許してくれていたのである。  今までは。 「アルメリア、そろそろあなたも現実と向き合う時よ」  妹のマリアンナの学園入学を終えたその日、きょうだいたちが居なくなり、すっかり寂しくなった屋敷の一室で、母の重苦しい声が響いた。 「……そう、ですよね」  呼び出された時から、何を告げられるのかは検討がついていた。  アルメリアは今年で十八。まさに花盛りの乙女であり、普通の貴族であれば婚約者が居て何もおかしくはない。むしろ、いなければ売れ残り令嬢と揶揄されるような年代だった。 (今まで自由にしてくれていたことが不思議なくらいね)  やはり母は、貴族の娘として誰かのもとに嫁ぐべきだと言うのだろうか。  クランエリゼ家は、ダイアモンド王国において「国境守護」という役割を担っている。その役割に沿って、家系の者は皆、結婚をせずとも騎士になるという選択肢が与えられていた。もちろんアルメリアも可能なのだが、剣術も武術も幼い頃にかじった程度で、職にするには到底及ばない。 (先生には、才能がないってきっぱり言われちゃったし)  弟は魔術の腕を活かし、魔術師を志している。妹は剣術の天才であるうえに、婚約者もいる。  魔術の腕も、剣術の腕も、加えて女性としての魅力にすら欠けているアルメリアには、もうどうしようもない話だった。 「今まで私の奔放を許してくださっていたこと、感謝いたします。お母様」  おまけにこの十八年間、屋敷から滅多に出たことがなかったため、世間知らずもいいところだ。 貴族としての教養は身についているものの、このままアルメリアを放置しておいても、ただの穀潰しになるだけ。  ならば、母の然るべき判断を享受しよう、とアルメリアは思う。 それが、どんな処置であっても。 「お母様たちにとって、よい娘ではなかったのでしょうが、けれどたくさんの恩を頂いたのは事実です。どんな処置でも——」  構わない。そう続けようとしたアルメリアの言葉は、みゅう、という変った動物の鳴き声によって被せられた。 『でもまぁ、おれのリアに何かしたら、ころしちゃうんだけどなっ!』 「……」  アルメリアの肩にかかる髪の中から顔を出したのは、雪ウサギの魔獣、ブランだ。彼はアルメリアの契約獣で、どこに行こうとも一緒に行動している。 「……ちょっと、ブラン」 『なんだよ、そんなにじいっと見つめても、おれはかわいくないぞっ』 「そういう話じゃなくて、……ブランは可愛いけれど」 『かわいいって言うな!』 「いいえ可愛いけれど……」  そもそも、アルメリアが引き篭もりとなってしまったのは、彼ら魔獣が原因だった。  魔獣は、人類にとって最も恐れるべき生き物だ。 彼らは魔力によって生命を繋ぎ、外部から魔力を摂取することで生き長らえる。 そして、彼らのお腹を満たすご飯として、もっとも好まれる生物こそが人間。つまり、人間にとって魔獣は永遠の天敵なのだ。  そしてアルメリアが生まれつき持っていた世界からの祝福は、〈魔獣の加護〉。これは魔獣たちに授けられたものであり、アルメリアは世界の中で唯一、魔獣たちと言葉を通わせる力を手に入れているのである。 「アルメリア、なんでも重く受け止めすぎるのはあなたの悪い癖よ。私はあなたを勘当しようって訳じゃないんだから」  アルメリアとブランの他愛ないやり取りは、この屋敷にいる者なら見慣れたものだ。二人の会話は、母——シルフィーナ・クランエリゼのため息によって遮られる。 「可愛い世間知らずで無知で色々足りない娘を、野に放り出すほどわたくしは非道ではないわ」 「ここぞとばかりに不満も添えますね……」 「あなたが結婚するかどうかはあなたの自由よ。別に一生独り身であっても私は気にしないわ。オズバルト様は喜ぶでしょうし」  シルフィーナはアルメリアの呟きを無視して、澄ました様子で言ってのける。  母は昔からアルメリアの行動にいちいち口を出すようなことは無かった。放任主義とも言えるが、アルメリアの体質や意志を尊重してくれているのだ。 「ただ、私が言いたかったのはね」  シルフィーナはいつも通り静かな声音でこう続けた。 「アルメリア、あなた、王宮に働きに出なさい」  
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