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目覚めると見知らぬ歩道の上にいた。
轢かれそうになっていた子猫を助けようとしていたはずなのに、その子の姿はどこにもなく私一人が取り残されている。何度思い出そうとしてもなにも覚えていない。
もしかすると頭を打ったのかもしれないと、あちこちに触れてみても変わったところはなかった。
――きっと助かってるよね。だから、今はあんまり深く考えないようにしよう。
薄曇りの、今にも降り出してきそうな空の下。車や人通りのない道を歩き出せばすぐに違和感を覚えた。
どうにもおかしいのが目線の異常な低さで、ふと視界に入った縁石と同じくらいの高さに私のそれがある。いつもどおりに立っているはずなのに、まるで地面に伏せている時のような見え方をしているのだ。
どこかに鏡でもあればと切に思う。そうすれば、この異変を確かめることができそうなのだけれど周囲を見渡してもなにも見当たらない。
――今はとにかく、暖かいお風呂に入って、それから……。
何とも言えない気味の悪さからいったん目を逸らし、正面の踏切を見据えると赤い色の電車が通過していく。
あれには見覚えがあった。線路に沿うようにして歩道を進むと『三野宮』と書かれた駅が見えてきた。思ったとおりでこのままあと二つ駅を通り過ぎれば家に辿り着くことができる。それを思えば嬉しくなり足取りは断然軽くなった。
『二ツ橋』の駅を過ぎ、『一ヶ谷』商店街にある馴染みのケーキ屋が見えてくる。誕生日と言ったらここのチョコレートケーキが浮かんでくるくらいには頻繁に立ち寄っているお店だ。
ただ、中の様子を覗き込もうとしても何も見えてこない。その代わりにショーウィンドウには猫の姿が反射して映り込んでいて、まるで私が助けようとしたあの子と同じ真っ白な毛並みをしている。
けれど後ろを振り返っても誰もいない。ウィンドウに向かって手を振ったところ猫の動きが完全にシンクロしている。何度やってみてもそれを繰り返すばかりで、まさかと思い始めていると背後から足音が聞こえた。
「わー、可愛い」
「ケーキに興味あるのかな?」
その声は見あげた遥か上の方からしている。そこには二人の女の子が立っていて、一人の子がしゃがんで私の喉の辺りを撫でた。抵抗して声を出そうにもにゃあとしか発することができず、ここで疑念は確信に変わった。
――私、やっぱり猫になってる。
視点のおかしさにようやく納得がいったけれど、どうしてこんなことになってしまったのだろう。撫でまわす手から逃れ、ざわついた心のまま商店街を駆け抜けた。
もうすぐ家が見えてくる。この姿では私だと認識してもらえないことくらいわかっているものの、どうにかして帰らなくてはと焦っていた。
この体は思っている以上に身軽でジャンプすると塀の上をのぼることができた。ひたすらに進んでいくと赤い屋根が見えてくる。走る足はさらに速くなる。ついに私は家の庭に降り立った。
いつもなら縁側から部屋の中を覗くことはできないけれど、今はちょうどカーテンが開きっぱなしになっている。誰かいないかと覗き込んだ途端、お母さんが横切るのが見えてどきりとした。
どうにか気付いて欲しくてじいっと視線を送り続けていたところ、お母さんは仏壇の前に座り手を合わせ始めた。確かおばあちゃんの月命日にはまだ早いような気がする。しばらくするとその場を立ちリビングの方へ消えていった。
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