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仏壇の写真を食い入るように見つめ、その姿がはっきりしだすと呼吸と心臓の鼓動が速くなっていく。
――こんなの嘘に決まってる。
フレーム内で弾けるような笑顔を見せているのは、おばあちゃんではなく妹の美加だった。
降りだした雨の中、強い眩暈を覚えると世界がぐらりと揺れる。ややあってようやく落ち着いてきた私は、美加と仲違いしたままだったのを思い返し深い後悔の念に駆られた。
*
美加とは双子として同じ日に生まれ、わずかに早かった私が姉になった。
幼い頃は仲がよかったけれど、高校受験を控えたあたりからお互いに折り合いが悪くなり言葉をかわすことも少なくなっていった。
結局美加は私とは別の学校へ進み、勉強もあまりせず外を出歩いてばかり。それは両親が困り果てているのもあって、代わりに私が諌めようとしたある日のこと。
「二人とも心配してるよ。勉強しろとは言わないからせめて夜遊びはやめよう?」
「あの人達にはお姉ちゃんがいるからいいじゃない。あたしみたいな出来損ないはさ、どうあっても変われないんだからほっといてよ」
夜、出かける支度を急ぐ美加は不貞腐れた様子で目を合わせてくれない。その髪色や服装は日に日に派手になっていて、なにかのトラブルに巻き込まれるのは時間の問題だ。
私はどうにか止めようと美加の肩を強く揺さぶり訴えかけた。
「そんなことないよ。私達はそんな風に思ったこと一度もない」
「だからそういうのがウザいんだって。二人に頼まれて思ってもないことばっかり並べ立てていい子ちゃんぶってさ。本当は心の中で嘲笑ってるんでしょ」
表情も変えずにまくし立てる美加に、私は意地を張ってしまっていた。
「ねえ、ちゃんと話を聞いて」
「うるさい、黙れ……。嫌い。お姉ちゃんなんて本当大嫌い!」
「どうしてわかってくれないの!」
出て行こうとする美加の頬を思わず張ってしまい、これが私達の交わした最後の会話となった。
*
まだ美加は近くにいるのではないかと、私は共通の思い出が残る場所を探し始めた。
憧れの先輩を眺めていた中学校の校庭。夜通し歌い明かしたカラオケボックス。引っ越していった同級生のカナちゃんの家。立ち読みばかりして怒られてしまった本屋。リズムゲームをひたすら練習したゲームセンター。
――ねえ、どこに行けばまた会える?
どの場所にも美加の姿は見つからず、私はうな垂れたまま家に戻ってきた。雨上がりの空はすっかり赤みを帯びてきて縁側のカーテンも閉まっている。夜が明けるまで軒下で過ごすことにした。
翌日も変わらず美加を追い求めた。何度も挫けそうになるけれど、その都度美加への罪悪感だけが私の背を強く押す。
夕方頃とぼとぼと帰宅し、庭に着地するのとほぼ同時に家のカーテンが開いた。何度瞬きしても目を擦っても、そこには美加が私を見下ろすようにして立っている。
――――ああ、あの写真は私だったんだ。
安堵の気持ちと同時に猫の姿になっていた理由にも納得がいった。あの時車に撥ねられたのは私で、なんらかの奇跡が起きた結果こうして生まれ変わったのだろう。
けれど誰とも話すことができなくなってしまった以上、もうここにいても意味はないのかもしれない。
――美加さえ生きていてくれるならそれでいい。
私は背を向けて立ち去ることにした。
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