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「う~ん……!」
日曜日の昼下がり。洗濯物を全て畳み終わり、白希は凝り固まった体をぐっと伸ばした。
せっかくの休日だが、宗一は急な仕事が入ってしまい、早朝に慌てて出掛けていった。振替は貰えるからと笑っていたけど、突然出勤しなければいけなくなるのはやはり大変だ。
時間もあることだし、今夜は宗一さんが好きなものをたくさん作ろう。
冷蔵庫の中を見ていると、肉や魚はともかく野菜が少ないことが気になった。
明日はバイトだし、今日のうちに調達しておこう。
キャップを被り、いつもの黒のパーカーを羽織る。さっきまでは太陽が出ていたけど、外を見ると少し空が灰色がかっていた。
天気予報を確認する。夜から雨の確率が高いけど、昼のうちに出掛ければ大丈夫だろう。
念の為折り畳み傘も持って外へ出た。このところずっと乾いた天候が続いていたから、たまにはこの湿気った空気もいい。
スーパーへ行く前に書店の中を軽く見ていると、真隣にいた人に肩が当たってしまった。
「あ、すみませ……って」
「あれ? 白希じゃん!」
名前を呼ばれて振り返ると、そこには文樹さんがいた。
なんて偶然だろう。驚いたものの、すぐに向き直る。
「文樹さん、すごい偶然ですね」
「お~、ちょっと次の課題に使えそうなもんないかと思って。本当は図書館とかでも良かったんだけど……」
そう言うと彼は視線をずらし、どこか釈然しない様子で頬をかいた。
どうしたのか少し気になったけど、それを尋ねる前に話を振られた。
「……まぁいいや。お前これから帰るの?」
「あ、ちょっと買い物して帰ります。夜ご飯につかうものがなくて出てきたので」
「ふーん。歩きだろ? 荷物持つよ」
「え!? いやいや、大丈夫ですよ! 貴重な休日じゃないですか! ゆっくり過ごしてください!」
よりによって、多忙の大学生にそんなことさせられない。ほぼ逃げるようにその場を立ち去ろうとしたが、彼はいつにない強引さで一緒についてきた。
何でこんなにも気を遣わせてしまったんだろう。心当たりがなくて、思わず目が泳ぐ。
単に白希がひ弱だから、荷物持ちが大変だと思ってくれた可能性もあるが……それにしても妙だ。
人気のない通りに入ったとき、思い切って声を掛けた。
「文樹さん、なにかあったんですか?」
「え……」
受け答えはしっかりしてるけど、彼はずっとなにか考えてるようだった。間違いなく、いつもの彼じゃない。難しそうな横顔を捉え、狼狽える彼の返答を待つ。
打ち明けたいことがあるけど、それを押し殺しているみたいだ。宗一さんもそういう時があったから分かる。
そして、自分がそんな顔をさせてしまってることが……一番申し訳なくて、辛い。
「なにか困ってることがあれば、遠慮しないで教えてください。俺達友達なんですから」
「白希……」
文樹さんは足を止め、こちらに振り返る。その瞳は、少し怯えの色が混じっていた。
一体何が、彼を不安にさせているのか。それを聞き出そうとした時、突然何者かに後ろから羽交い締めにされた。
何だ……!?
振り返る前に妙な薬を嗅がされ、息が苦しくなる。
「何だよ、お前ら!」
意識が遠のきそうになった時、文樹さんが俺を捕まえていた人を殴った。おかげで解放されたけど、喉が焼けるように熱くてその場に倒れ込む。
「白希、大丈夫か!?」
「かっ……は、……だ、大丈夫……」
今までに嗅いだことのない、鉄のような匂いだった。喉を押さえながら視線を戻すと、顔をマスクで隠した三人の男が佇んでいた。
混乱の真っ只中で、理解が追いつかない。でも一つだけ確信してることがある。
この人達は文樹さんではなく、俺を狙ってる。
「文樹さん、……逃げてください」
「は!? 馬鹿言え、一緒に逃げるぞ!」
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