硝子玉

12/17
前へ
/148ページ
次へ
「う~ん……!」 日曜日の昼下がり。洗濯物を全て畳み終わり、白希は凝り固まった体をぐっと伸ばした。 せっかくの休日だが、宗一は急な仕事が入ってしまい、早朝に慌てて出掛けていった。振替は貰えるからと笑っていたけど、突然出勤しなければいけなくなるのはやはり大変だ。 時間もあることだし、今夜は宗一さんが好きなものをたくさん作ろう。 冷蔵庫の中を見ていると、肉や魚はともかく野菜が少ないことが気になった。 明日はバイトだし、今日のうちに調達しておこう。 キャップを被り、いつもの黒のパーカーを羽織る。さっきまでは太陽が出ていたけど、外を見ると少し空が灰色がかっていた。 天気予報を確認する。夜から雨の確率が高いけど、昼のうちに出掛ければ大丈夫だろう。 念の為折り畳み傘も持って外へ出た。このところずっと乾いた天候が続いていたから、たまにはこの湿気った空気もいい。 スーパーへ行く前に書店の中を軽く見ていると、真隣にいた人に肩が当たってしまった。 「あ、すみませ……って」 「あれ? 白希じゃん!」 名前を呼ばれて振り返ると、そこには文樹さんがいた。 なんて偶然だろう。驚いたものの、すぐに向き直る。 「文樹さん、すごい偶然ですね」 「お~、ちょっと次の課題に使えそうなもんないかと思って。本当は図書館とかでも良かったんだけど……」 そう言うと彼は視線をずらし、どこか釈然しない様子で頬をかいた。 どうしたのか少し気になったけど、それを尋ねる前に話を振られた。 「……まぁいいや。お前これから帰るの?」 「あ、ちょっと買い物して帰ります。夜ご飯につかうものがなくて出てきたので」 「ふーん。歩きだろ? 荷物持つよ」 「え!? いやいや、大丈夫ですよ! 貴重な休日じゃないですか! ゆっくり過ごしてください!」 よりによって、多忙の大学生にそんなことさせられない。ほぼ逃げるようにその場を立ち去ろうとしたが、彼はいつにない強引さで一緒についてきた。 何でこんなにも気を遣わせてしまったんだろう。心当たりがなくて、思わず目が泳ぐ。 単に白希がひ弱だから、荷物持ちが大変だと思ってくれた可能性もあるが……それにしても妙だ。 人気のない通りに入ったとき、思い切って声を掛けた。 「文樹さん、なにかあったんですか?」 「え……」 受け答えはしっかりしてるけど、彼はずっとなにか考えてるようだった。間違いなく、いつもの彼じゃない。難しそうな横顔を捉え、狼狽える彼の返答を待つ。 打ち明けたいことがあるけど、それを押し殺しているみたいだ。宗一さんもそういう時があったから分かる。 そして、自分がそんな顔をさせてしまってることが……一番申し訳なくて、辛い。 「なにか困ってることがあれば、遠慮しないで教えてください。俺達友達なんですから」 「白希……」 文樹さんは足を止め、こちらに振り返る。その瞳は、少し怯えの色が混じっていた。 一体何が、彼を不安にさせているのか。それを聞き出そうとした時、突然何者かに後ろから羽交い締めにされた。 何だ……!? 振り返る前に妙な薬を嗅がされ、息が苦しくなる。 「何だよ、お前ら!」 意識が遠のきそうになった時、文樹さんが俺を捕まえていた人を殴った。おかげで解放されたけど、喉が焼けるように熱くてその場に倒れ込む。 「白希、大丈夫か!?」 「かっ……は、……だ、大丈夫……」 今までに嗅いだことのない、鉄のような匂いだった。喉を押さえながら視線を戻すと、顔をマスクで隠した三人の男が佇んでいた。 混乱の真っ只中で、理解が追いつかない。でも一つだけ確信してることがある。 この人達は文樹さんではなく、俺を狙ってる。 「文樹さん、……逃げてください」 「は!? 馬鹿言え、一緒に逃げるぞ!」
/148ページ

最初のコメントを投稿しよう!

231人が本棚に入れています
本棚に追加